見出し画像

【創作】あの日の空と小さな手紙

今朝はやけに冷えるなぁと思いながら、急いでパンとコーヒーを胃袋に流し込む。頭の中で今夜のシミュレーションをしていると、テレビから「今夜はホワイトクリスマスになるかもしれません」という声が聞こえて、ふと手を止めた。

クリスマスイブに雪か… どんよりした空を見上げながら、僕は昔の特別な日のことを思い出していた。そう、あの日もこんな空だった。

◆◆◆

小学5年生。僕には彼女がいた。

小5で彼女なんてと思うかもしれないが、一般的に言うところの彼氏彼女ではない。好きな子に「好きだよ」と言ったら「私も好きよ」と言われた、ただそれだけのことだった。

家は反対方向だから、学校の行き帰りを一緒にというのも無理。電話をしたら「親がうるさいから電話はできないの」と言ってすぐに切られる始末。つきあっているだなんて到底言えるような関係ではなかった。

それでも、特別なことがひとつだけあった。小さな手紙を上靴に入れて、文通をしていたことだ。

放課後、友だちに見つからないようにこっそりと下駄箱へ行き、彼女の上靴の奥に手紙を入れる。3日後の朝、僕の上靴の奥に手紙が入っている。そんなほんの少しの特別がこそばゆくて、ドキドキして、僕は彼女の特別なんだという優越感に浸りながら、毎日を過ごしていた。

2学期の終業式が近づいた12月21日、彼女は学校を休んだ。先生は「具合が悪いと連絡がありました」と言った。心配にはなったが、電話もできないし、きっとすぐに登校してくるだろうと思っていた。

ところが、12月24日、終業式の日になっても彼女は学校に来なかった。先生に「まだ具合が悪いんですか?」と聞いてみたら、「連絡があったのは最初に休んだ日だけなんだよ」と言う。どういうことだろうと困った顔をしていたら、先生が「帰りに通知表を渡しに家まで行くから、心配なら一緒においで」と言ってくれた。

放課後、先生と僕と友だち数名は彼女の家へ向かった。先生がインターフォンを何回か鳴らしたが、応答がない。先生は玄関に貼り紙がしてあるのを見つけて、門を開けて中へ入っていった。友だちが先生のあとに続き、勝手に家の裏側へとまわった。その直後、友だちの大きな声が聞こえた。「先生、こっち来て!」と。

友だちの慌てた声と貼り紙を読んだ先生の険しい顔に、僕は怖くなって動くことができなかった。家の裏へとまわった友だちが固まった僕をむりやり引っ張っていき、「ほら」と言って家の中を覗かせた。

そこには、何もなかった。
人が住んでいる形跡が、何も。

僕が理解できなくて呆然としている間に、先生は近所の方に話を聞いていた。僕が門まで戻ったとき、「3日前の朝方のことですよ」という声が聞こえてきた。3日前? 彼女が最初に欠席した日だ。あの日にはもう引っ越していた? 最後の手紙にはなんて書いてあったっけ?

僕が必死に記憶をたどっているところへ先生が戻って来て、みんなを集めて言いにくそうに言った。「○○さんのご両親がお金を借りたんだけど、返せなくなって引っ越してしまったそうです」と。

友だちが「サラ金に借りたの?」「夜逃げってやつでしょ」と騒ぐ。当時の僕はそんな言葉は知らなかった。ただ理解できたのは、彼女がもうここにはいないということだけだった。

ふと、朝のニュースで「今日は雪が降るかもしれません」と言っていたのを思い出した。降りそうで降らない濁った空と同じように、僕は泣きたいのか泣きたくないのか、よくわからなかった。

家に帰ってよく考えた僕は、「僕は彼女の特別だから、きっと彼女から連絡をしてくるはずだ」と結論づけた。そう思ったら悲しくなんかなかったし、何も変わらないじゃないかと思った。そうだ、今度はちゃんと綺麗な便箋と封筒を使って手紙を書こう、と。

それから僕は、彼女とやりとりした小さな手紙を小さな袋に入れて、お守りのように毎日ポケットに入れて持ち歩いた。女々しいとはわかっていたが、それを持っていたら、彼女から連絡が来るような気がした。彼女から僕が見えているような気がした。「僕は元気でやってるよ、君もそっちで頑張ってね」とつぶやいたら、きっといつか会える気がしていた。

◆◆◆

あれから17年。こういう空を見ると、彼女を思い出す。結局、彼女からの連絡はないまま時は過ぎて、僕は27歳になった。

はっと我に返り、時計を見て慌てて準備をする。今日は3年前から付き合っている彼女とデートの日だ。2人にとって、一生心に残る特別な日になるはずなんだ。

小さな赤いケースに入った綺麗な指輪をカバンに入れかけたが、思い直して僕はそれをポケットに入れた。

あのときのお守りのように、5年生の小さな彼女が見ていてくれるような気がした。頑張ってねと背中を押してくれるような気がした。

「君もどこかで、大切な人と特別なクリスマスイブを過ごしていますように」とつぶやきながら、僕は彼女のもとへと走り出した。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。読んでなかったらごめんなさい。わたしをサポートしようだなんて血迷ってしまった方がいらっしゃるなら、まずはちょっと落ち着いて。それより「スキ」をポチッとしてみては? 作者がたいへん喜びます。