酒と宴

書き始めですでに助走が必要なので走らせてみる。

今回は勤め先の女性職員と所長の会話によって始まる。
利用者1人1人の調子を確認し合っており、誰々さんはどうこう、何々さんはかれこれ、わたしは聞き耳潰しの帰り支度にあって女性職員と所長の会話を流していた。
とある利用者を指しては、ハイな疲労感を危惧すべきかと声のやり取りだけを聞いていた。

こちらの事業所にある暗黙として高揚と疲労の2つが同時に見える利用者は黄信号が灯される。
「眠らない、食べない」そんな赤信号を前にした確認のみが行われている。
ヒカミさんの黄信号は原因も明らかで期間的に過ぎない。
集落の行事参加によるものだと本人がにこやかに話す。
周知されていた。

「3日踊って、3日休んで、また3日踊る。それくらいに昔の人は踊っていたんでしょ」
「昔は朝まで踊ったらしいですよ。ほら、娯楽が無いのと酒盛りの場で」
「そのお祭りは田舎の方が根強く残ってるんだって」
「そうですね。佐仁とか秋名あたりが有名だと思います」
別室の声を起こして、隣の部屋より顔を出しては、補足に小言が加わった。
昔だったら昼ぐらいまで、平気で、ぶっ通しで、踊ってるはず。
アラセツが始まったらシバサシを迎えるまで7日7晩。
「7日7晩」
「なにそれ」

わたしはまだ絵空事に過ぎない物語を平気な顔で、ぶつ切りで話していた。
1夜限りの酒宴でしか機能していない今を見ていながら、実際は10日10晩なんだろうなとさえ思っている。
根拠も論拠も拠り所もない。
根無しの空論を力一杯に叩きつける。
「酒はそこまで重要じゃないです。歌が続かなくなる」

いつの間にやらお互い揃えた手札を切っていた。
ヒカミさんの黄信号はどこかへ、むしろわたし自身の明滅も見られる。
それだけ思い入れがあって、温まりやすくある。
人生を変えた出会い』は大言壮語の一角によるものだ。

これ以上のやり取りはいちいち残すほどじゃないけれど、女性職員の見離しで終わるのも無理はない。
わたしの切った札はまだ落書き同然にある。
「その昔って、いつの話よ」
「平家落人から江戸時代まで」
子どもじゃないんだから。

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