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スウェーデンの刑法改正と同意

 現在翻訳中のスウェーデン作品のテーマの一つは性的暴行。1985年から2011年にかけて被害に遭った女性たちが登場する。そのうちの一人は何年も経ってから「私はあのとき確かに抵抗した」ということを確認しようとする。

 2018年の刑法改正で「同意なき性交」はレイプと見なされるようになったが、当然それ以前は違った。そこで1980年代から現在までの刑法のレイプ罪の規定(刑法第6章第1条)の変遷について調べてみることにした。

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 1984年改正により、男性もレイプ被害者として扱われるようになった。
だが相変わらず暴行や脅迫によって性行為を強要されたことが要件で、被害者が飲酒のため意識がないときに性交されてもレイプ(våldtäkt)罪にはならず、性的搾取(sexuellt utnyttjande)罪とされた。
 被害者は圧倒的に女性。「そこまで酔っぱらう女にスキがあるから」ということだろうか。裁判ではこのほかに被害女性の当日の服装や飲酒量、過去の飲酒癖や性生活までが取りざたされた。「“ふしだら”な女なら襲われても仕方がないってこと?!」と作家のカタリーナ・ヴェンスタムは著書『少女と負い目』(2002)で当時の被害女性の扱いを、怒りをこめて告発している。

 2005年の改正では、酩酊などにより無意識状態(無力状態)にある人への性行為もレイプ罪として認められることになった。

 しかし意識があっても恐怖のあまり体が動かないこともある。そこで2013年の改正では「特に脆弱な(不利な、困難な)状況を利用した場合」が追加された。

 だが、レイプの定義の原則はまだ性行為を強要されることだった。被害者が抵抗したことは構成要件ではないが、抵抗したことが証明できれば原告にとって有利になる。そこで裁判では原告が抵抗したのか、できなかったのであればなぜか……が審理されることになる。
 とはいえ、ここまで法文上「抵抗できない場合」を拡大するのであれば、その行為が同意に基づいておこなわれたのか否かに注目するほうが合理的なはずだ。2018年改正条文はスウェーデンで「同意原則 samtyckeslagen」と呼ばれている。

 同意原則はスウェーデン独自のものではなく、イギリス、カナダ、ドイツ、米国の一部の州などでも法制度化されている。

↑ これは性的同意とお茶を勧めることを比較した、有名なイギリスの動画。

 私がふと思ったのは、今のスウェーデンの若い人たちはどうしているのだろう?ということ。どのように同意を表現し、受け入れているのだろう?
 実態は不明だが、ティーンに対する教育は調べることができる。今後、スウェーデンの教科書などが翻訳され日本に紹介されるかもしれない。

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↑これはイギリス人著者によるもの。
『子どもを守る言葉「同意」って何?』レイチェル・ブライアン作、中井はるの訳、2020年、集英社

 いちばん重要なことは、自分の体のことは自分で決める、嫌なことにはノーと言う教育を幼いうちから受けておくことだろう。
 実際の教育については知らないのだが、スウェーデンでは以前からそうなっているのではないだろうか?
 十数年前の体験談。スウェーデン人一家が連れてきた幼稚園児に、私は「チューして~」と迫ってみたが、彼はただ Nej と言うだけだった。あとから考えてみたら、これはセクハラだ! 子どもにだってキスするかしないかを選ぶ権利があるのだ--大人と同様に。あのスウェーデン人一家の目に、私は「幼児にセクハラする外国人」と映ったことだろう。
 これは少しずれるかもしれないが、やはり十数年前のこと。ある別荘にお邪魔すると、そこには持ち主一家の親戚や友人が集まっていた。昼過ぎ、テーブルを囲んで雑談する中年男性の会話が下ネタ気味になったとき、その場にいた12歳の女の子がぴしゃりと言った。「ストップ。私はそれ以上聞きたくない」

 日本にも同意を大切にする教育が広まってほしい。自分と他人の人権を守るために。「嫌よ嫌よも好きのうち」なんてとんでもない!
 また、これを知らないままでは海外に出たとき、恋愛したいと思っているのにトラブルになるかもしれない。私のように、セクハラおばさんと思われてしまうかもしれない。

*トップ画像はスウェーデンの法律集(出典)*

(文責:羽根由)

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