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読書のネタ探し ~フィンランド語訳が出ている日本の小説~

 情報の発信者は、その情報が確かに“誰か”に届くことを《願って》、あるいは届くことを《狙って》発信し続けます。一方、情報発信者からそれらの情報の受け手と想定されている私たちの側も、自分が求める情報はいずこにあるかを積極的に探しに出かけることも、また大切なことだと常々感じ、考えてもいます。ということで、今回は私(うえやまみほこ・フィンランド語翻訳)が能動的に集めた情報を、私が発信者となってNoteのページからお届けします。

 フィンランドの小説や絵本、児童文学の中で読みがいのある作品に出合いたい、といつも新刊書を中心に探します。もちろん、この《探す》という作業には、私自身がひとりの読者として、自分が楽しめる、と思える作品探しでもありますが、それよりも多いのは、どちらかといえば日本の読者の方々にお届けする作品探しです。
 しかし、そうはいっても、日本の読者に紹介すべく興味をそそられる作品にはどうしても「私」の好みが出てしまいます。
 日本の読者にお届けできるか否かの最初の関門は、それぞれの出版社の編集者です。そのため、可能な限り「私」の意識を眠らせて探す努力をします。編集者に紹介するときには、作品の内容はもちろんですが、「文学賞の受賞歴」「他言語に訳されているか(何か国語に訳されているかも重要)」「売上部数の多寡」などの通行手形は必携です。もちろん、どのような作品であれ、内容で判断して欲しいと思いますが、第三者の評価目線に代わる、上述のような通行手形は必須です。
 ただし、このような通行手形をもってしても、日本の市場の門をくぐるのは至難の業です。人口530万人の国フィンランドでの販売部数は、人口1億2000万人の日本に比べると常に「えっ、それだけですか?」という反応が示される数字です。販売部数がそれほど伸びない理由としては、フィンランドの書籍価格の高さや図書館利用率の高さも挙げて説明もしますが…。作品を紹介する際に、編集担当者に伝えるフィンランド独特の事情はまだほかにもありますが、今回のテーマから外れますので、この辺りで本題に入りましょう。

 どのような作品であれば、日本市場に入る機会がもらえるのだろうか、日本の読者に《響く》と言われる作品とはどのようなものなのだろうか、などと考えているとき、ふと脳裏をよぎったのは「日本の作品でフィンランド語版が出ているものを知ることも何かヒントになるかもしれない」ということでした。ということで、久しぶりにフィンランド語版が発表されている作品の確認作業を行いました。実は、過去に2回、フィンランド語訳が出ている日本の文学作品をまとめたことがあり、これが久しぶりという理由です。当時は、自分のBLOGに備忘録的に載せていましたので、興味のある方のために、その時の記録を、記事へのリンクでご案内します。

2005年4月5日の記事
2014年11月15日の記事

 ああ、なるほど、と思われたでしょうか、それとも、驚きの作品もあったでしょうか。2014年の記事では、フィンランド語への翻訳が重訳か否かにも触れています。そして、その記録を見ると、2014年に出版された「色彩のない多崎つくると、彼の巡礼の年」前後から、日本作家の作品が“日本語から直接フィンランド語訳”されるようになったことに気づきます(これ以前から、重訳ではない翻訳作品もありました)。そして、もうひとつ。この頃までは、私でも読んだことがある作家の作品が主に翻訳されていましたが、嬉しいことに(私としては、情けないことに?と言わなければいけないのでしょうか)初めてお名前を見る作家や作品もフィンランド語になって登場しています。世代によって読む作品が違ってくる可能性は大いにありますので、フィンランド語訳をされる翻訳者の年代も影響するのだろうか、とも考えます。


2022年探索の結果・フィンランド語に翻訳されている日本文学

翻訳書名の末尾の( )内の数字はフィンランドでの西暦発行年

”Keisarinnan hovineidon päiväkirja(2005)” 訳・Miika Pölkki 原 著・菅原孝標女「更級日記」
平安朝時代の文学作品もちゃんと翻訳されています。
”Blink blink(2006)” 訳・Leena Perttula 原著・江國香織「きらきらひかる」 
“Käärmeitä & lävistyksiä(2009)” 訳・Sami Heimo  原著・金原ひとみ「蛇にピアス」 
金原さんの芥川賞受賞は、当時最年少者の受賞だったことで、ずいぶん話
題になった作品であり作家さんでもありました。
”Maailmanloppu ja ihmemaa(2015)” 訳・Raisa Porrasmaa 原著・村上春樹「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」
”Professori ja taloudenhoitaja(2016)” 訳・Antti Valkama 原著・小川洋子「博士の愛した数式」
”Miehiä ilman naisia(2016)” 訳・Juha Mylläri  原著・村上春樹「女のいない男たち」
”Kissavieras(2016)”
 訳・Raisa Porrasmaa 原著・平出隆「猫の客」
”Rajasta etelään, auringosta länteen (2017)”  訳・Juha Mylläri 原著・村上春樹「国境の南・太陽の西」
”Komtuurin surma(2018)”  訳・Juha Mylläri  原著・村上春樹「騎士団長殺し」 
長編で、日本では上下2冊ですが、フィンランド語版は、834頁の一冊で出ています。
”64(2019)” 訳・Markus Mäkinen  原著・横山秀夫「ロクヨン」
この作品、日本語では「ロクヨン」と読みますが、フィンランド語だとど
のように読むのでしょう。やはり数字のべた読みするのでしょうか。
”Matkakissan muistelmat(2019)” 訳・Raisa Porrasmaa  原著・有川浩(現・有川ひろ)「旅猫リポート」
”Tanssi tanssi tanssi(2019)” 訳・Antti Valkama 原著・村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」
 ”Tokuen resepti(2020)” 訳・Raisa Porrasmaa 原著・ドリアン助川「あん」
この小説を元に製作された河瀨直美監督の「あん」は、2015年にカンヌ映画祭に出品され、同年トロント国際映画祭でも上映。映画化作品は強し
…ということでしょうか。
”Uskollinen naapuri (2020)” 訳・Raisa Porrasmaa  原著・東野圭吾「容疑者Xの献身」
”Pimeän jälkeen (2020)”  訳・Antti Valkama 原著・村上春樹「アフターダーク」
”Lähikaupan nainen (2020)” 訳・Raisa Porrasmaa 原著・村田紗耶香「コンビニ人間」
”Muistipoliisi (2021)” 訳・Markus Juslin 原著・小川洋子「密やかな結晶」
”Myrkyllinen liitto (2021)”  訳・Raisa Porrasmaa 原著・東野圭吾「聖女の救済」
”Vieterilintukronikka(2021)” 訳・Antti Valkama 原著・村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」
この作品も長編ですが878頁の超分厚い1冊で出版されています。
”Unelma helposta työstä (2022)” 訳・Raisa Porrasmaa  原著・津村記久子「この世にたやすい仕事はない」
”Maan asukit (2022)”  訳・Raisa Porrasmaa 原著 村田紗耶香「地球星人」

 フィンランドには、詩人にしてかつ日本語のフィンランド語訳の第一人者であるKai Nieminen(カイ・ニエミネン)氏という方がおられ、「源氏物語」や「奥の細道」など日本の古典作品をいくつか訳されています。また2003年には種田山頭火句集をフィンランド語で訳出されています。フィンランド語タイトルは「Vastapäätä kapakka」(対面<といめん>に飲み屋)で、原典は山頭火文庫(春陽堂文庫)です。

 フィンランド語訳が出ている作品をご覧になってどう感じられたでしょうか。日本の古典、クラシック文学、そして現代文学までがちゃんと翻訳されています。それに対するに我が日本。フィンランドのクラシック文学や現代  文学も、もう少し紹介されて欲しいもの……と願ってやみません。
 そして、こういう願いを持っている一一翻訳者としては、「みずいろブックス」さんの登場は、とても嬉しい出来事でした。(詳細は、2022年8月17日に公開されたのセルボ貴子さんの記事「みずいろブックス 第一作 記念対談 シッランパー『若く逝きしもの』」をお読みください。

 村上春樹氏の作品は、「走ることについて語るとき僕の語ること」も翻訳されていますし「一人称単数」がこの秋(2022年10月)に出版予定です。また、フィンランド語翻訳が出ている小説・短編小説のすべてを網羅することを目的としているリストではありませんので、悪しからずご了承ください。

 なお、フィンランドの人たちの中には、英語やフランス語、ドイツ語に訳されている作品を楽しむ人たちも少なからずおられるので、必ずしもフィンランド語に翻訳されなくても日本文学に触れている読者がフィンランドにはいる……ということも末筆に書き添えておきます。

(文責 上山 美保子)

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