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Books from Denmark2021年上半期の選書リスト(フィクション)――デンマークのユニークな新興出版社が大躍進

Books from Denmark2021年上半期の選書リスト


 デンマーク芸術基金がデンマークの優れた本を年2回選定、推薦する選書、翻訳推進プロジェクト、Books from Denmarkの2021年上半期の選書リストが発表されました。

フィクション

 今回のNOTEでは、フィクション、ノンフィクション、児童書の3つの部門のうち、フィクション編を紹介いたします。

くそったれ――私達が立てた中指を、あなたは涙で洗い流すの?

 『くそったれ――私達が立てた中指を、あなたは涙で洗い流すの?』(Suget eller Vasker du vores fuckfingre med dine tårer?)は、322ページの小説。これまでにオーストリアに版権が売れています。

 出版しているのは以前種田麻矢さんがNOTEで紹介してくれた文学作家と大学生が無報酬で運営しているというBasilisk社。この出版社から北欧会議/理事会文学賞受賞作『太陽を求めて』(Efter solen)や今年同賞にノミネートされている『スカンジナビアン・スター号1――ポケットにお金』(Scandinavian Star 1, Penge på lommen)も輩出されました。



 『くそったれ――私達が立てた中指を、あなたは涙で洗い流すの?』はポリティケン社文学賞(Politiken’s Literature Prizethe) とモンタナ賞(Montana Prize)にノミネートされています。

 女性達の性生活と生殖を監視する村を舞台にしたディストピア小説。家父長制がテーマになった、アトウッド『侍女の物語』を彷彿とさせる作品です。









ロザリウム







   『ロザリウム』(Rosarium)の著者のCharlotte Weitzeはカフカやカーレン・ブリクセン(イサク・ディネセン)、村上春樹を彷彿とさせると評されると同時に、「デンマークで最も革新的作風を持つ作家」とも形容されています。 『ロザリウム』はDR(デンマーク・ラジオ)小説賞にノミネートされています。森に根を張る少女と希少な薔薇を探す植物学者が主人公。グリム童話をダークで不穏でシューレアリスティックにしたような作品で、人間と自然の関係性を、詩的に描いています。

デンマークの出版勢力図を塗り替えうる台風の目、Gutkind社





 『ロザリウム』の版元は2020年設立の新しい出版社、Gutkind社。質の高い文学作品を世に送り出したいという高い志の下、スタートした出版社。執筆者がデンマークの翻訳者セミナーに数年前に参加した際、世界のデンマーク翻訳者達から熱心なエージェントとして慕われていたEsthi Kunzさんがこの出版社を共同設立するとお話された時、翻訳者達は驚くばかりでした。

 出版社立ち上げ第1作目のStine Pilgaard『秒速メートル』が金の月桂樹賞を受賞し、デンマークの文学界を席巻しています。新しい出版社がまさかこれほどまでに大きな成功を収めるとは誰も想像していなかったことでしょう。「質の高い文学を世の中に届けたい」という版権エージェント時代から培ってきたであろうEsthiさんの信念と情熱が、実を結んだようです。

 『秒速メートル』はこれまた情熱溢れる1人エージェント、ノルウェーのWinje Agencyが力を入れて世界にプロモーションをしているようです。Gina Winjeさんは日本にも何度もいらしているノルウェー文学普及財団の元リーダーで、本の目利きのようです。Esthi&Winjeさんの情熱ほとばしる、めらめらタッグにご注目を。『秒速メートル』は『県庁おもてなし課』を今世界でブームになっているデンマークの女性作家Tove DItlevsenが書いたら、こんな風になるであろう・・・・・・といった小説なのですが、主なTove DItlevsen作品が未邦訳なので、ぴんときませんよね・・・・・・。

 教師である夫と地方の町に移住することになった主人公の女性が、手伝いすることになった地方新聞のお悩みコーナーの編集の仕事を通じ、新しい土地の人達の悩み、悲喜こもごも、町の暮らしについて知り、土地になじもうと奮闘する姿を描いた小説・・・・・・と説明したところで、ありふれたストーリーに聞こえるかもしれません。特別なのはストーリーそのものでなく、それを綴る言葉です。読者はページをめくる度、若い作者のフレッシュな感性により紡ぎ出される聡明で哲学的で独創性と意外性に満ちた言葉の数々に出会うことができます。切なさや悲しみの中に、さわやかなユーモアが散りばめられていて、読むと、主人公をはじめとする登場人物達のことを大好きになって、ぎゅっと抱きしめたくなることでしょう。
 デンマークの翻訳者セミナーに参加した時も、北欧の作品が多く訳されているオランダや英語圏の翻訳者達が、「この作家はいい」と熱っぽく話すのを横目に、「日本では、デンマークの小説など、滅多に出版されないから無理だろうな」とあきらめの境地だった私ですが、Stine Pilgaardは、「この作家なら、読者を振り向かせられるのではないか?」と読み終わった後思わずガッツボーズしてしまうような――なかなか売れない文学に何百、何千時間もの時間を投じてみよう、というある種のギャンブル精神に火をつけるような――特別な才能を持つ作家に思えるのでした。Gutkind社さんがこの作品で勝負をかけようと決意した気持ち、よく分かります。とても勢いのあるエネルギッシュな小説です。


ボブ――売れっ子作家達が大手出版社から新興出版社に次々に移籍

 Gutkind社から今回の選書リストに入っている作品には、他にヘレ・ヘレの『ボブ』(BOB)があります。ヘレ・ヘレは過去に筑摩書房から『犬に堕ちても』という小説が邦訳されています。デンマーク人に最も愛されている作家の1人で、未邦訳作品は他にもたくさんありますが、本作は特に評判のようです。エージェントは先述の熱い1人エージェントWinje Agency。ヘレ・ヘレはそれまで大手Gyldendal社の傘下にあったRosinante社の看板作家の1人でしたが、Rosinante社の経営悪化によりGyldendalがRosinanteを手放した際に、ヘレ・ヘレをはじめとする売れっ子作家達が、RosinanteからできたばかりのGutkind社に移ったことがデンマークの出版界で大きなニュースになりました。大手出版社が市場をほぼ独占してきたデンマークの出版市場で、Gutkind社は台風の目のような存在と捉えられているようです。これからデンマークの出版界の勢力図が大きく変わりそうな予感がします。

デッドマン・ウォーキング

 『デッドマン・ウォーキング』(Dead Man Walking)は、著者Hans Otto Jørgensenの実弟とその妻の農場経営をモデルに書いた小説。都市生活と田舎生活の断絶とエコ・ファシズムをテーマにしています。

作家が食べていけるように――Gladiator社の挑戦

『デッドマン・ウォーキング』はForlaget Gladiator社から出版されています。

 Forlaget Gladiatorという出版社は2013年作家2人と1人の編集者により創設されたこともあってか、作家ファーストをマニフェストに掲げています。作家が創作活動で食べていけるようにするため、

●販売部数が伸びるにつれ、印税率を大きく引き上げること(最大50%)

●出版社が著者と共同で有していたCopyrightを、初版の2年後に著者に返すこと

をHPに明記しています。

 

滑落――読書が選ぶ本賞受賞作

 『滑落』(Rampen)は今年読者が選ぶ本賞に選ばれ、大きな話題になりました。文学批評家、作家、教師だった著者の父が、29年間連れ添った妻(作者の母)を捨て、教え子だった若い女性に走ったことで崩壊した家族と残された母と子の絆について描いた自伝小説ですでにブルガリア、英国、トルコをはじめとする10カ国に版権が売れています。

私の仕事――ブッカー賞ノミネート作家オルガ・ラウン

 『私の仕事』(Mit arbejde)のOlga Ravnは、本書でポリティケン社文学賞を受賞。『雇われの身』の英訳が今年ブッカー賞のショートリストにノミネートした今ノリに乗っている作家です。川上未映子さんやヴァージニア・ウルフに近い作風で、女性の身体、母性やアイデンティティをテーマにした作品を多く書いています。近年世界で再注目されている作家Tove Ditlevsenブームの火付け役の1人である彼女の文章にはToveスピリッツが明らかに宿っています。

キャプテンとアン・バーバラ

 Ida Jessenは北欧会議/理事会文学賞にノミネートされたり、金の月桂樹賞を受賞したこともあるとても大きな作家で、過去の作品の版権はアゼルバイジャンや米国をはじめとする10カ国に売れています。本作『キャプテンとアン・バーバラ』(Kaptajnen og Ann Barbara)は18世紀を舞台にした歴史冒険小説で、読者の選ぶ本賞にノミネート。ベストセラーになりました。

 他に6作が選書されています。ぜひご覧ください。

(文責 枇谷 玲子

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