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京都の駅って不親切? 京都へ行く前に読んでね【嵯峨野ぐらし45】

 バイトの通勤で地下鉄から京阪電車に乗り換えるときに見かける、写真のような注意看板が日に日に増殖しています。「これでもか!」というほど看板があっても、京都市の財政逼迫による合理化で去年から無人になっている地下鉄「三条京阪駅」の改札で、インターホンをならして助けを求める外国人観光客ばかりか日本人観光客のなんと多いこと。

地下鉄三条京阪駅の看板1
地下鉄三条京阪駅の看板2
地下鉄三条京阪駅の看板3

 なんで地下鉄と京阪電車を間違えるんだろう? と地元民には不思議で仕方がなかったのですが、冷静に考えてみると、駅名の付け方が不親切と言うか不適切だし、こりゃ間違えるわな! という結論に至りました。
 そうです、京阪電車の駅はただの「三条」なのに、地下鉄の駅は「三条京阪」京阪じゃないほうに「京阪」がついてる!! それでいて、「京阪三条」ではなく「三条京阪」って何?
 なかには、京阪電車の「伏見稲荷駅」に行きたいのに、京阪の駅をスルーして地下鉄の駅で路線図を見て、地下鉄と相互乗入している近鉄の「伏見駅」を見つけて、そこを目指そうとする人もいたりして・・・・・・
 近鉄伏見駅は同じ伏見区にあるというだけで伏見稲荷からはめっちゃ遠いですからぁ~! 残念!

京阪電車の「三条」
ときに「参上駅」に変身!したりもするけど

 なぜ、地元民はこのおかしな状況に違和感がないのでしょう? これをひもといていきましょう。京阪電車は昭和62年まで地上の鴨川と琵琶湖疎水に挟まれた細長い土手を走っていました。現在の川端通は京阪電車の跡地と、暗渠化した疎水の上に新しく作った道路なわけで、地下化される以前は「京阪通」というひとつの通のように扱われていました。そのため、京阪の駅前にあった市電やバスの停留所名は、三条駅の最寄りが「三条川端」ではなく
「三条京阪前」、四条駅(今の祇園四条駅)は「四条京阪前」、五条駅(今の清水五条駅)は「五条京阪前」、七条駅は「七条京阪前」、さらに平成になってから開業した丸太町駅(今の神宮丸太町駅)の最寄りのバス停まで「丸太町京阪前」というように、三条通と京阪電車の交差点だから「三条京阪前」というような感覚で命名されました。なので、京都地元民にとっては「三条京阪」は京阪の駅名ではなく、単なる地名かバス停の名前と昔から刷り込まれているわけで、「京阪と付くのだから京阪の駅だろう」と思ってしまう観光客の方々との間に大きな意識のギャップがあるわけです。
 余談ですが、似たような例で、大阪の地下鉄「野田阪神駅」があります。JRの野田駅と阪神電車の野田駅は少し離れたところにあり、市電の頃から阪神の駅前の電停は「野田阪神」だったので、阪神の駅はただの「野田」なのに、地下鉄の駅名は「野田阪神」になってしまったそうです。ついでに、JR野田駅の近くにある地下鉄の駅は「玉川駅」と野田とは関係がないようなネーミングです。

 京都の駅名がややこしい話つながりで言うと、阪急電車の「烏丸駅」と地下鉄の「四条駅」が同じところにあり、京阪電車の「四条駅」は阪急の「四条駅」とは別のところにあるという、悩ましい問題もありました。(現在は京阪四条駅が「祇園四条駅」に改名し、後者の問題は一応解決しています)
 これも、まず阪急電車が四条通の地下に開業し、四条大宮と四条烏丸と四条河原町に駅を設けた際に、四条通の下を走ってるのだから、いちいち四条○○と呼ぶのはやめようと、駅名を「大宮駅」「烏丸駅」「河原町駅」としたのですが、後に地下鉄が烏丸通の地下に開業したときに、京都市交通局もいちいち「烏丸」をつけるのをやめて、「五条駅」「四条駅」「丸太町駅」というように命名したわけで、その結果、阪急と地下鉄が交差する四条烏丸交差点の地下にある駅は、阪急が「烏丸駅」、地下鉄が「四条駅」になってしまったわけです。ついでに京阪も同じ考え方で駅名をつけたので、京阪にも今の川端通沿いに「五条駅」「四条駅」「丸太町駅」ができちゃいました。(前述のとおり、近年「清水五条駅」「祇園四条駅」「神宮丸太町駅」とそれぞれ改名しました)
 余談ですが、地下鉄東西線も同じ考え方で駅名を付けると、烏丸線と東西線が交差する烏丸御池の地下にある駅は、烏丸線が「御池駅」、東西線が「烏丸駅」になるのですが、さすがに同じ交通局の中で同じ場所なのに線によって駅名が違うのはマズいということになったのか、東西線の開業に合わせて、烏丸線の「御池駅」が「烏丸御池駅」という統一駅名に改名しました。
 またまた余談ですが、地下鉄の「鞍馬口駅」は鞍馬寺の近くかと勘違いされる観光客がおられるようですが、これも烏丸通と「鞍馬口通」の交差点にあるから鞍馬口駅と命名されたもので、鞍馬とは全然違うところにあります。ほな、なんで鞍馬ってついてんねん? と不思議に思われるかも知れません。これも話せば長い話になるのですが、豊臣秀吉が京都を外敵や伝染病から守るために、「京都版万里の長城」とも呼ばれる「御土居」という土塁を市街地の周囲に巡らせ、外部から京都に出入できるのは「京の七口」と呼ばれる七つのゲートに限定していました。その口(ゲート)の名前が、丹波方面から来たときの入口が「丹波口」(現在のJR丹波口駅あたり)、伏見方面から来たときの入口が「伏見口」、そして鞍馬方面から来たときの入口が「鞍馬口」と命名されており、その鞍馬口のあたりに今の「鞍馬口通」が通っているわけです。ほんまにややこしい。

 駅名とは少し離れますが、「京阪七条駅」(京阪電車と京阪バスは「しちじょう」、市バスは「ななじょう」と読む。これもこれでややこしい)でも、観光客向けの案内看板が日々増殖し、「これでもか!」という勢いで掲示されています。

七条駅の看板1
七条駅の看板2
七条駅の看板3
七条駅の看板4


七条駅の看板5
七条駅の看板6


 この駅は、前述のとおり、京阪電車が地下化されたときに、すぐ横を流れていた琵琶湖疎水の真下に作った都合上、疏水を横断するコンコースを作ることができないので、三条や四条の駅のように地下1階に改札を設けて、地下2階のホームへ降りていく構造にはできず、上り線と下り線のホームそれぞれ個別に設けられた改札を入ると、反対側のホームへは行けない構造になっています。つまり、大阪へ行くときは川端七条交差点の東側の階段から、出町柳方面へ行くときは交差点の西側の階段から下りないと、改札にたどり着けない構造になっています。ところが、この駅でもこれだけ注意看板があっても、逆側の改札から入ってしまい、無人改札のインターホンで助けを求める観光客を毎日見かけます。
 この駅構造も、物理的に仕方がなかったとはいえ、初めてやってきた人からしたら不親切ですなぁ。
 観光客の皆さん、各鉄道会社も別にイケズするつもりで複雑にしているわけではないので、よ~く、そこらへんの掲示物を見て電車に乗るようにして、ムダな時間を過ごすことなく京都観光を楽しんでくださいね。ではまた。

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