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味噌を舐めた話

味噌を切らしてしまった。
ああ買いに行かなくちゃな、と思った瞬間ふと小学生の頃の記憶が蘇った。
蘇ったというか、実は人生で味噌に関する事がある度にアレはなんだったのだろうと思い返している記憶があるのだ。

それは小学5年生の家庭科の授業の時の話である。
詳しい内容は忘れてしまったが、日本の味噌の歴史的な授業だったと思う。
私は綺麗に切り揃えられた先生のおかっぱ頭を眺めていた。味噌に特別な興味もなかったし、何だったら学校に存在意義を感じられず直近まで不登校だったために授業をきちんと受けるという姿勢が養われていなかった。
最前列でいつも虚ろな目をしている生徒はとても不気味だったであろう。申し訳ない。

まあそんな風にぼんやりしていると先生が急に(急じゃないのかもしれないが話をろくすっぽ聞いていなかった私には急だった。)「味噌、舐めてみますか?」と生徒たちに問いかけた。
は?と思った。
味噌をそのまま舐めるなんてそういう妖怪やんか?とも思った。

大人になった今なら100歩譲って酒と一緒に胡瓜と味噌を舐めるのはアリかもしれない。しかしそれだって出来ればもろみ味噌にして欲しい。
だが先生が片手に持っているのは坊主の少年が描かれた普通の合わせ味噌単体である。
絶対に舐めたくない。味噌だけ舐めるだなんて意味がわからない。積極的に何でもない合わせ味噌を舐めたい人いる?
一応注釈というか、私は味噌料理が今も昔も好物である事を記しておきたい。だがそのまま舐めるのはなくない?

私は先生がジョークでも飛ばしているのかと思ったがそうではないらしい。
先生は手早くコーヒーを混ぜる小さなスプーンで味噌を掬いはじめた。
クラスメイトたちはキャッキャと興奮している。調理実習以外で食べ物を授業中に食べるというイレギュラーな出来事にクラス全体が沸いていた。

「ではどなたかに代表して舐めてもらいましょう、そうねノラクロさんどうぞ。」

目の前で先生が私の机に手をかけスプーンを差し出していた。
なぜ私なのだ。明らかに俯いて舐めたくないオーラを出しているではないか。
もっとテンションぶち上げの小林君だか岡田君だか名前はよく覚えていないがあの辺の小僧にやれよ!と思った。
しかし私はこの異様なテンションのクラスメイトの前で味噌を舐めたくないなどとは言い出せない臆病者であった。
半笑いでスプーンを受け取り口に入れる。
口の中に味噌の味が広がり塩味の強さに嫌な気持ちになった。
そんな私の気持ちなんてお構いなしに先生が私に問いかける。
「どうですか?」
「あ……え、あ……味噌です。」

塩辛くて嫌な気持ちになりましたとは言えなかった。
だけど美味しいと嘘をつくのはもっと嫌で世界一つまらない食リポを吃りながら捻り出した。
もっと他にないんか!?と小林だか岡田だかのブーイングが聞こえる。
うるせぇおまえら全員味噌1パック食って塩分過多で病気になれよと思った。
先生は私の食リポに不満そうだったがこれ以上はこの虚ろな女生徒には荷が重いと判断を下したのだろう。
もうひとつスプーンを取り出して別の生徒に渡していた。

残念ながらもう1人の味噌舐め生徒が何を言ったかは覚えていない。記憶は味噌を舐めた前後だけが強く残っていて小学生時代の家庭科の授業で覚えているのはこの瞬間だけだ。もっと役に立つ事や愉快な事を覚えていたかった。

一体あの授業は何だったのだろう、先生はどうして味噌を舐めさせたのだろう。本当にわからない。
調理用の味噌を舐めて得られる事って何?
こんな事をずっと考えている私は死ぬ瞬間の走馬灯にもきっと味噌を舐めた瞬間の私が見えるんだろうなと思うとまあそれはちょっとだけ愉快かもしれないけれど。
今日買う味噌は坊主頭の少年のやつにしようかな。
絶対に舐めないけど。

end

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