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あの火の玉は何だったのだろう?

不思議な体験をしたことがある。
小学校4年生か5年生の頃だった。いつもの帰り道、同級生2人、1年下の友達1人の4人で歩いていた。
小学校は自分たちが住んでいる集落からは、どのくらいだろう、歩いて30分か40分くらいかかったような気がする。 
バス通りではあるが、山あいのその道は当時まだ舗装されていなかった。もう40年以上も前のことだ。 山沿いをくねくねとまるで蛇のように走る道を進んでいくと、火の見櫓の足下にバス停と小さな小屋が見えてくる。待合所だ。 
バス停を過ぎると急に視界が開け、田んぼが広がり、その先にまた山がある。バス通りは、正面の山のふもとを緩やかに左に回りながら、その先の隣町を目指し山の中へと消えていく。バス停を過ぎて20メートルほど行くと右手に折れる道がある。正面の山と右手の山の間に流れる小川を挟み、奥へと続く小さな集落がある。私の家は、その集落の一番手前にあった。手前とは言ってもバス通りからは100メートルほど離れていて、道の両側には田んぼが広がっている。
同級生の1人はさらに300メートルほど奥で集落のはずれに近い所に家があった。小学生の時は1番仲のいい友達だった。
家の前を流れる川の幅は2メートル程だが天然のウナギを捕まえたこともあった。夏になると田んぼに水を引くために堰き止めたところが、小さなダムのようになり近所の子供達はそこで泳いだりしてよく遊んだものだ。
もう1人の同級生の家は、バス停から100メートル程先を左に折れ、段々畑を囲んで曲がりくねった登り坂を200メートル程行ったところにあった。
そして下級生の家は、バス通りが緩やかに左に回り隣町に向かって消えていく手前で左にカーブするのだが、そのカーブを曲がってすぐの所にあった。バス停を過ぎた所からもよく見えた。
学校の帰りだからおそらく3時くらいだったと思う。話しをしたりふざけたりしながらゆっくり歩いてバス停を過ぎた頃だった。突然「ボッ」と大きな音がした。それはくすぶっていた薪に火が着いた瞬間のような音だった。その音は下級生の家の方から聞こえたのでみんな一斉に顔を向けた。と同時に家1軒分くらいもある大きな火の玉が「ゴォー」と大きな音をたてて、下級生の家の屋根から正面の山を越え右手の山も越えて消えて行った。松明を振り回した時に「ボォー」という炎の音が聞こえるが、その何倍も大きな音だった。
何が起きたのかわからず立ち尽くしていたが、突然下級生が走り出したことで我にかえった。下級生は自分の家に向かって走って行った。
実はその下級生の母親が突然亡くなっていたのだが、この火の玉を見た前日に四十九日の法要があった。あの火の玉は魂が旅立つ瞬間だったのだろうか。
また後日聞いた話では、火の玉が消えていった方向には亡くなった母親の実家があるのだという。


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