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マッカーシズムの失敗は、共産主義を理解し切れていなかった!? : 日本人が知るべき赤いアメリカ(5)

マッカーシズムはなぜ失敗したのか?

一般的に語られるマッカーシズムの失敗

一般的に語られているマッカーシズムの失敗の原因は、マッカーシー上院議員が告発の対象を軍部まで広げ、陸軍幹部批判したことで、陸軍からの強い反発を招いたこと、さらにその軍人対象とした告発において、共産主義者である証明がうまくできなかったこととされています。また、一般的なマッカーシー批判の口火を切ったのは、人気、ジャーナリストのエドワード・マローでした。

結局、マッカーシー上院議員は1954年、圧倒的多数の賛成での問責決議を受けてしまうことになり、これが実質上の失脚となりました。元々大酒飲みだった彼は、この決議に対する失望もあり、1957年、47歳の若さでありながら、急性肝炎で亡くなっています。
ちなみに、党は異なるものの、マッカーシー上院議員への指示を最後まで辞めなかった人物に、ジョン・F・ケネディ大統領がいます。民主党員であるケネディは、賛成票を出すことが求められていたため、問責決議を欠席しました。

マッカーシー上院議員が、告発の対象をアメリカ軍内部にまで広げ、陸軍幹部が問題に及び腰であると批判したことは、陸軍からの強い反発を招いた。1954年3月9日には、ジャーナリストエドワード・R・マローが、自身がホストを務めるドキュメンタリー番組『See It Now』の特別番組内で、マッカーシー批判を行ったことも、マッカーシーへの批判が浮上するきっかけとなった。
1954年8月24日に共産党統制法が成立し、アメリカ共産党が非合法化される。フォーク歌手のウディ・ガスリーやピート・シーガーは、アメリカ共産党の党員だった。黒人運動家のデュボイスは亡くなる直前に共産党に入党した。
1954年12月2日に上院は賛成67、反対22で、ジョセフ・マッカーシーが「上院に不名誉と不評判をもたらすよう行動した」として、譴責決議を可決した。公民権運動についてはリベラルな推進者だったジョン・F・ケネディにおいても、この譴責決議には強く反対していた。

Wikipediaより

マッカーシズム推進・支持者たちの末路

ここから先の話は、私の推論になります。私が共産主義者たちの工作活動を考える上で、気をつけていることは、仮説を立てる際に、自分の常識や経験に囚われないこと、その一方で、仮説の検証に対しては、自分の仮説に意固地になるのではなく、柔軟に修正していくことです。
工作活動は、奇想天外だから人知れず大胆なことが行えるわけで、自分の中の小さな常識や経験に囚われていては、それを見抜くことができません。逆に、仮説は検証する中で、柔軟に修正していけばいいのだから、大胆に立てるくらいがちょうどいいと思っています。

そういうわけで、ここから先の話は、全て私の仮説レベルのものです。

前回のコラムで、支持者については、”彼らのその後”についても触れさせていただきました。下記はその抜粋です。

・上院議員だったジョン・F・ケネディと弟のロバート・ケネディをはじめとする民主党の一部議員(中略)、ジョン&ロバートのケネディ兄弟は、暗殺された。
・下院議員のリチャード・ニクソンは下院非米活動委員会のメンバーだった。(中略)、ニクソン自身は、ウォーターゲート事件で失脚している。
・俳優時代のロナルド・レーガンは、映画俳優組合(SAG)の委員長の立場から、下院非米活動委員会に協力1981年の大統領就任直後に、暗殺未遂事件(被弾したが助かった)に見舞われたほか、同年に症例報告されたAIDSに対しては、封じ込めに失敗したとの評価を受けている。(中略)レーガン大統領の主な政策には他にも、レーガン・ドクトリンがあり、共産主義の根絶により冷戦の終結を目指した。
ローゼンバーグ事件で、スパイ容疑のかかった夫妻をサポートする左派活動家やメディアの攻撃を交わし、かなり強引に有罪に持っていった検事として知られるロイ・コーン。この件での実績を、FBI長官ジョン・エドガー・フーヴァーに認められ、マッカーシー上院議員とともに、告発活動を行い、マッカーシとともに表ぶ舞台から消えた人物。”民主党員でありながら、共和党大統領を支持する”反共主義者として知られ、ニクソン大統領やレーガン大統領の非公式の顧問となった。彼の評価はすこぶる悪く、1986年には法曹資格を剥奪され、その翌月、AIDSによる併発症で死亡した。
・夢の国を作ったウォルト・ディズニーだが、(中略)ハリウッドにいる共産党員の摘発に協力していた。日本ではあまり知られていないが、ディズニーはブラック企業の社長のような立場(制作陣と対立)であり、作品は白人至上主義や、女性蔑視との評価を受けることもあったようだ。

前回コラムより抜粋

マッカーシズムを推進・支持した人の”その後”はどこか不運に見舞われている!?

先に挙げた人物が推進・支持者の全てではありません。それに例えば、法曹資格を剥奪されたロイ・コーン検事は、マッカーシズム以外の活動でも強引さがあったようですから、自業自得かもしれません。ウォルト・ディズニーは、現在のディズニー社が”進歩的WOKE”企業という位置づけにあることからも、彼を差別主義者とする人よりも、子どもたちに夢を与えた聖人的な扱いをする人の方が圧倒的に多いでしょう。

ですから、マッカーシズム支持者たちに襲った大なり小なりの不運が必ずしも、共産主義者たちによる反撃だと断言することはできません。とはいえ、たまたまで片付けられることなのかな?とも思います。

フーヴァFBI長官による共産党分析

異例の経歴を遂げた、フーヴァFBI長官

もう1つ、ここで触れておきたいことが、ロイ・コーン検事の部分で登場する、ジョン・エドガー・フーヴァ・FBI長官のことです。マッカーシズムを推進した張本人でありながら、その後も77歳で死去するまでFBI長官として君臨し続けた人物。例えば、彼の存在を使って、「マッカーシズム推進者でも、キャリアや人生を終わらせられなかった人物もいる」と、私の仮説を否定することもできます。ただし、彼が生き残れたと考えられる理由がしっかりあります。それは、ジョン・エドガー・フーヴァは、共産主義者を理解し、同じ手口で対抗していたのではないかということです。そして、そのことも影響してかどうかわかりませんが、彼に対する後年の評価は概ね下記の書籍のようなもののようです。

画像はAmazonジャパンからのもの

共産主義者の5分類

このコラムでは、フーヴァFBI長官の人となりがどうか?ということは、重視していません。彼が共産党をどのように理解していたか?ということに焦点を与えたいと思います。当時、問題視されていた共産主義者は、コミンテルンと呼ばれました。

コミンテルンとは:
1919年から1943年まで存在した国際共産主義運動の指導組織(別名:第三インターナショナル、国際共産党)。”独ソ戦の勃発に伴い、ソ連がイギリスやフランス、さらにアメリカ合衆国などとともに連合国を形成したことによって名実ともに存在意義を失い、1943年5月に解散した”ということになっていますが、実際は・・・?

フーヴァ初代FBI長官は、共産主義者(コミンテルン)について次の5つに分類していました。これは重要なポイントかと思います。共産主義啓発活動もしくは、工作活動をしている人は、何も共産主義者だけではないのです。むしろ、面倒なのは4、5あたりの、共産主義とは一見全く関係のない人たちです。
*区分は、フーヴァ長官のものを、日本語訳した一般的なものを使用していますが、その説明文の”例えば、こう言う人”の部分には、独自の見解を盛り込んでいて、フーヴァが名指ししたものではありません。

  1. 公然の共産党員:共産党に所属していることを公表した上で、活動している人

  2. 非公然の共産党員:共産主義者であることや、共産党員であることを隠し、共産党の秘密活動に従事する人。保守の論者として近年急に注目を集めた女性政治学者は、ここのカテゴリーに所属する人ではないかなと考えています。他にも保守の看板を掲げながら、主張する政策がどうしても共産寄りとしか思えない首長や政党(政治家?)も、実はここに所属しているのではないかと。

  3. フェロー・トラベラーズ(党の同伴者):共産党とは関係なしに、自発的に共産党を支援する人

  4. オポチュニスツ(機会主義者):自己の利益確保が目的で、一時的に共産党に協力する人。児童労働や奴隷労働が疑われるものの、安価な製造コストを提供する企業(国)での生産を止められない国際的な企業や、臓器狩りの疑いがある病院で臓器移植を行う医師や患者、病院、人権やプライバシーを無視したマーケティング情報ほしさに、そのような国でのビジネスがやめられない一般企業(特にSNS企業)、広告収入ほしさや駐在員のビザ発給のために批判記事が書けないメディア、キャリア(昇進、ポジション獲得、活動資金確保)のために支援を受け取らずにはいられない政治家・官僚・国際機関の・・・。

  5. デュープス(騙されやすい人):一見、イイコトに見える(聞こえる)、共産党やその関連組織のキャンペーンに共感して、知らず知らずのうちに共産党に利用される人。ヒトコトで言うと、世間一般で”イイヒト”と言われる人で、リベラル・エリートや、自分の利益につながらない社会には無関心であるにもかかわらず、世間体を気にする人、賢そうに見えるイメージを打ち出したい芸能人やタレント、権威に弱く、自分自身で考えない人等々。

共産主義をイデオロギーだと理解すると、いろいろなことを見誤ります。繰り返しますが、共産主義の戦略のトップにいる人たちは、兵法に基づいた戦術を仕掛けてくるから手口が巧妙です。騙されてならないのは、一般的な共産主義の啓発や、工作活動で目立つ動きをするのは、デュープスたちということ。語源が”まぬけな人”であるデュープスを公然・非公然の共産党員だと考え、共産主義者は浅はかだと思って対応するとやられます。すぐに騙される人を先頭に立たせていることすら、相手を欺く作戦だと思います。

このような共産党の活動に関係する者の分類を、マッカーシズムが起こった1950年代には、すでに見破っていたのがフーヴァFBI長官です。ここで彼の悪評として広く知られるキーワード”盗聴マニア””病的なまでの情報収集””権力者への威嚇”・・・一言にまとめると、”独裁者”について考えてみたいと思います。こういうキーワードが当てはまるヒト(組織、国、党)をご存知ではないですか?

これってそのまま共産党!?

彼が8代の大統領に渡り、問題が生じても罷免されることなく、FBI長官のポジションを継続できたのは、彼が大統領や政府高官の”弱点”を握っており、それを使っての”脅し”に躊躇しなかったことだと言われています。これが良いことか悪いことかと聞かれたら、普通に考えて、良いわけがないのですが、相手が共産主義者となると”彼が行ったことは悪”と断言するには検討の余地が生まれてきます。それは何も共産主義者を差別しているわけではありません。共産主義者と対峙するには、1つの大きな難しさが存在するからです。それは・・・

共産主義者には、法治国家の市民のような法的な縛りがなく、
共産主義のためならば何をやっても正当化されるということ。

盗聴もハニトラも捏造も、なんでもありで仕掛けてくる相手に対して、”正義は勝つ”という信念で果たして勝てるのでしょうか?

”最後に正義は勝つ”というのは、日米の愛国者の共通の想いだと思います。しかし、それが散々裏切られてきたのがここ数年のアメリカです。だから、法に背いて闘おう!という呼び掛けをしたいわけではありません。無法国家になってしまっては、それこそ共産主義者の思うツボです。トランプ大統領が主張する”MAGA (Make America Great Again)”に賛同する保守派の人たちをはじめ、再びアメリカを偉大な国に戻したいと考える愛国者たちは、アメリカを台無しにしてしまった人たちに対して、法律に基づいた形で闘いを続けています。

というわけで、フーヴァFBI長官のやり方について、私はここで賛同も批判もしません。ただ、マッカーシー上院議員らと同時期に共産主義者の検挙に携わりながらも、キャリアは死守したフーヴァ長官の闘い方は、マッカーシズムの失敗を考える上で参考になりますので、次章で失敗の原因について考えていきたいと思います。

新説(仮説)マッカーシズムの失敗

ここからは、私が立てた仮説となります。

❶デュープスを共産党員として検挙した可能性

マッカーシー上院議員が注目されるきっかけとなった発言に「国務省に所属し現在も政策を形成している250人の共産党員のリストがある」というものがあります。これもデマだとされていますが、実際に、ヴェノナ文書で明らかにされた、ソ連の工作員は、さらに大規模なものーーつまり、この発言はデマではなかった可能性が高いのです。

マッカーシー上院議員の情報の正しさを証明したヴェノナ文書ですが、彼自身の情報源は、ヴェノナ文書ではないと見られています。というのも、ヴェノナ文書は、扱っている内容が内容だけに、長く秘密裏に進められてきたプロジェクトだったためです。かなり限られた人材で進められていたと言います。

では、彼の情報源は?といえば、最も高い可能性があると見られているのがフーヴァFBI長官です。フーヴァFBI長官は、彼の悪評通り、アメリカ国内の重要人物に対しての諜報活動を熱心に行なっていたわけですから、その過程で直接、共産党工作員の存在を確認できたのかもしれませんし、ヴェノナ・プロジェクトの一部を拝借できたのかもしれません。

いずれにしても、マッカーシ上院議員は、彼自身が信じたる情報源からリストや情報を入手していたと考えられます。にもかかわらず、しかし、一般的に知られるマッカーシズムの失敗の原因の1つは、「軍人対象とした告発において、共産主義者である証明がうまくできなかったこと」です。これはどういうことでしょうか。

そこで考えられる説が「デュープスを共産党員」として検挙したということーー対象者を5つの分類に当てはめる際に、間違ってしまった可能性です。共産主義について深く理解している人にとっては、デュープスもある意味共産主義者で、無自覚で活動しているだけにたちが悪いともいえます。しかし、一般的な理解としては、検挙されるべき共産主義者として考えられているのは、共産党員です。

例えば、マッカーシズムで名前をあげられたにもかかわらず、証拠が見つからなかった人物に、チャールズ・チャップリンがいます。前回のコラムの、彼についての紹介文で最後で言及したのが、少なくとも2人の未成年との性的関係を持ったという私生活についてです。

FBIは1947年、チャールズ・チャップリンの共産党を支持するとみられる活動についての調査を開始。これに対し、チャップリンは、反共活動や、下院非米活動委員会(HUAC)による摘発活動を激しく批判。映画のPR活動でヨーロッパに向かった1952年、司法長官のジェームズ・マクグラネリーは彼の再入国許可を取り消した。チャップリンは、ソ連支援の演説や、在米親ソ組織を支援したほか、共産主義者との交友関係があったことから、マークされるようになったが、チャップリン自身が共産主義者だった証拠は、FBIは実は持っていなかったとされている。ただし、チャップリンは未成年の妻と2回結婚しているが、ともにいわゆるデキ婚だった。未成年と関係を持ったことで適用される強姦罪を回避するための結婚と考えられるが、このような性的嗜好は、一般的に共産党のハニトラに狙われやすいと言える(後日、深堀りしてみます)。

https://note.com/noraailin/n/n87b9eccaff69

未成年との関係は、強姦罪の適用を受けるリスクがあります。もっとシンプルにいうなら、犯罪行為。こういった、表沙汰にされたくない性的嗜好について、共産主義者は、”脅迫に最適な材料”として決して見逃しません。彼が自分からリスクを犯しにいったのか、嵌められたのか、わかりませんが、彼ら共産党に使われやすい人物であったことは否めない事実です。さらに、そのような性的嗜好が関係あるかないかは別として、チャップリンは、共産党支援と見られる活動をいくつかしてしまっている時点で、少なくともデュープスであると認定されても仕方がないかと思います。
しかし、その一方で、チャップリンが共産党員であるかどうか?といえば、彼が党員でなければ、当然ながら、党員だという証拠は出せません。

マッカーシー上院議員が特に、彼が特に力を入れていたのは、政府が内部にいる共産主義者の検挙でした。ここでマッカーシー上院議員らは、コミンテルンの5つの分類を知っていたか?という問題があります。

知っていたのではないか?と推測できるのは、フーヴァFBI長官との関係がある点です。マッカーシー上院議員の協力者に、ロイ・コーン検事がいますが、強引な手を使いながらも共産工作員を有罪判決に持ち込んだコーン検事をマッカーシー上院議員に紹介したのは、フーヴァFBI長官でした。そのような経緯を考えると、マッカーシー上院議員やロイ・コーン検事も、前章でシェアした”コミンテルンの5分類”について知っていたはずだとは思います。しかし、分類を知っていたと言っても、誰がどの区分の活動者なのかの分類を適当に行えたかどうかは、また別の話。

もし、デュープスを公然の共産党員・または、非公然の共産党員と考えてしまった場合、その人物は共産党員ではないので、共産主義者である証明できなくて当然ということになります。

以上のことから、失敗の原因の1つとしては、デュープスを共産党員として検挙し、党員としての証明ができなかった可能性が考えられます。

❷共産主義がイデオロギーであるという勘違い

ある人が共産主義者かどうかの証明する際に、それを難しくさせる要素として、共産主義とは何か?というものがあります。一言で申し上げると、共産党をイデオロギーだと考えると、誰が共産主義者かということを見誤ってしまします。共産主義は何か?ということは、別のコラムで深堀したいと思いますが、簡単にご紹介すると、先ほどのフーヴァの5分類にある”オポチュニスツ”ーー自己の利益確保が目的で、一時的に共産党に協力する人ーーは、イデオロギーとは全く関係なく、共産主義活動を行う人たちです。彼らの思想をどれだけチェックしても、いわゆる共産主義っぽいような考えは出てこないでしょう。

オポチュニスツ(機会主義者):自己の利益確保が目的で、一時的に共産党に協力する人。児童労働や奴隷労働が疑われるものの、安価な製造コストを提供する企業(国)での生産を止められない国際的な企業や、臓器狩りの疑いがある病院で臓器移植を行う医師や患者、病院、人権やプライバシーを無視したマーケティング情報ほしさに、そのような国でのビジネスがやめられない一般企業(特にSNS企業)、広告収入ほしさや駐在員のビザ発給のために批判記事が書けないメディア、キャリア(昇進、ポジション獲得、活動資金確保)のために支援を受け取らずにはいられない政治家・官僚・国際機関の・・・。

本コラム「フーヴァFBI長官による共産党分析」

オポチュニスツの一例として、「児童労働や奴隷労働が疑われるものの、安価な製造コストを提供する企業(国)での生産を止められない国際的な企業」をあげていました。これを少し深堀したいと思います。

中国産の製品というと、どのようなイメージをお持ちですか?最近のテクノロジー関連は、中国産といえどもなかなかというものもあるかもしれませんが、イメージとしては「安かろう、悪かろう」ではないでしょうか。ここでは製品のクオリティが高いのか、低いのかということは、一旦置いておきます。重要なのは、価格の方。現在の中国の人件費を考えると、中国産が今ほど安いというのは、本当は少しおかしな現象なのです。

製造業の生産コストを示す指標の1つに、生産1単位増加させるために必要な追加労働コストを示した、ユニット・レイバー・コスト(ULC)があります。日本のULCと比較した時、中国全体のULCはほとんど拮抗していて、工業が盛んな沿岸部に限定すると、日本よりも高くなっているーーつまり、中国の人件費は必ずしも日本よりも安いわけではないのです(中国の生産コストは一部では日本を上回る)。

日系に限らず、企業が中国に生産拠点を置くメリットは、人件費の安さではなかったでしょうか。それが近年、中国の人件費は高騰化してしまったため、製品を安価に製造できる国ではもはやなくなっています
2014年の時点ですでに「米ボストン・コンサルティングが25の国と地域で実施した調査によると、中国製品は安価という「王座」を明け渡した」(人民網日本語版2014年6月25日)という記事もあり、その原因を同紙は「中国の人件費の高騰だ」としています。現地で工場を運営する日本人経営者の声としては、15年前くらいにはすでに「中国の人件費って、実はそんなに安いわけじゃないんだよね」と、聞くことはありました。

にもかかわらず、なぜ低コストでの製造が可能なのでしょうか?

1つの原因として考えられるのが、中国の奴隷労働問題。何十年もの間、問題が指摘されながら、2020年になるまでなかなか世界の関心を集めることができた問題です。オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)の報告によると、「中国に工場を持つつグローバル企業83社が、新疆ウイグル自治区に住むウイグル人を強制労働させている」ということで、名前が上がった企業の1部が次の通りです。

https://www.ganas.or.jp/20201020uyghur/

この報告書が事実であれば、これらの企業は共産党に協力することで、自社の利益を獲得する”オポチュニスツ”だと言えます。では、オポチュニスツになるために、共産主義的な思想か?と言えばそうではありません。例えば、この企業が共産主義者かどうかを調べるにあたり、思想的なものを調べても、共産主義的なものは何も出てこないでしょう

そもそも共産主義が”一般的な理解”通りの「資産の共有(私有財産の否定)、平等(階級対立の解消)等を前提とした社会・政治体制を実現しようとする思想」だとすれば、弱い階級にある人からの搾取により、自分たちの私有財産を肥やすという奴隷労働は、共産主義の思想から最も外れたものになります。そのような政策を推進しているのが公然の共産党員ですから、一般的に理解されている共産主義の定義の方がおかしいのです。

一般的に考えて、ある人物が共産主義者である証明をする際には、その人物の思想的な背景を証明されることが期待されます。しかし、共産主義がイデオロギーではない以上、その人物の思想が共産主義者ではない証拠にはならないのです。マッカーシー上院議員がこの点を見逃していたのだとすれば、彼の証明は説得力に欠けたかもしれません。

❸巧妙な正体隠しスキームに気が付けなかった可能性

ASPIの報告書で掲載されているケーススタディでは、強制労働の実態をわかりにくくしている、巧妙な正体隠しスキームが明らかにされています。

https://www.aspi.org.au/report/uyghurs-sale

ナイキが取引している青島泰光制鞋有限公司は、中国の山東省青島市にあり、この会社の親会社は韓国のコングロマリットTaekwang Groupです。この工場に新疆南部のホータン県とカシュガル県出身のウイグル人が送り込まれいるのだと言います。

新疆ウイグル自治区の住民を強制労働させていると言っても、その工場が必ず新疆にあるわけではありませんし、一見、中国共産党とは無関係そうな外国資本の会社をフロント企業に使っているケースもあるのです。
仮にナイキが「自分の取引企業は韓国であり、新疆の強制労働問題とは関係ない」と言い切ってしまえば、命がけの内部告発を待つ以外は、証明が大変困難になります。実際、ナイキは、ASPIの調査に誤りがあるというような発言をしていました。

しかし、報告があった同年11月、ニューヨーク・タイムズ紙は、米国議会で議論されていた「ウイグル強制労働防止法案」について、ナイキやコカ・コーラ、アップルが議員に働きかけ、法律発効時の効果が弱まるように条文を修正しようとしていると報じていました。ナイキは同紙に対し、ロビー活動を否定したものの、議会側との”建設的な議論をしている”と微妙な回答。とは言え、この件についても、ナイキが実際どうか?というこれ以上の証明は、なかなか難しいかと思います。

以上のことから、マッカーシズムで、共産主義者である証明が失敗してしまった原因の1つとして、共産主義者による、巧妙な正体隠しスキームに気が付けなかった可能性が考えられます。

ナイキはとても興味深い企業ですので、次回、番外編として、ナイキは共産主義者か?という検証を行なってみたいと思います。

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