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アフリカ系アメリカ人はなぜワクチンを拒否するのか?:タスキギー事件(1)

忘れられない”人種差別をベースとした人体実験”

コロナは人種によっても感染率、重症化率が異なります。感染率、重症化率が最も高いとされるアフリカ系アメリカ人であるにもかかわらず、ワクチン接種が進まないことが問題になっています(詳細はこの記事の一番最終章《ご参考:罹患率・死亡率が高いアフリカンアメリカン、ヒスパニック層で、ワクチン接種率はなぜ低いのか?》をご覧ください)。

アフリカ系アメリカ人が公衆衛生政策を信じない傾向にある、その理由として指摘されるのが、史上最悪の人体実験と言われるタスキギー梅毒実験事件です。

タスキギー事件とは、当時”弱者”であったアフリカ系アメリカ人に対し、公的福祉サービスという偽善事業を装い”何もしない”という虚偽の治療が行われ、梅毒患者がどのように死んでいくのか?その観察をしたという人体実験。数人の医師が勝手にやった残虐事件ではなく、公衆衛生局が取り組み、CDCが研究の管理を行うような国家的な研究プロジェクトでした。梅毒という病気の性質上、被害は被験者だけでなく、その妻、子どもにまで広がりました。内部告発が行われるまでの40年間も続けられた残忍な事件です。

これは何も、遠い国、アメリカで、1世紀前に起こった、かわいそうなアフリカ系アメリカ人の物語・・・ではありません。条件さえ揃えば、誰でも”弱者”になり得るからです。

タスキギー事件は、一般的には、アメリカの公衆衛生、医学界のモラル、人種差別的な問題とされていますが、個人的にはこの問題の背後にはもっと大きな要因があったのではないかと思っています。(“もっと大きな要因”の根拠は、いますぐ出せるわけではありませんので、今はこのような書き方で・・・)

事件を少し調べてみて、後味の悪さというか、鬱々とした気持ちになるのは、研究計画自体が雑だったわりに、よく練られた戦略(がしかし、人道的に最低な戦略)が使われていたことです。その戦略とは、研究を行うサイドにもアフリカ系アメリカ人を引き入れたこと。中心人物は、医師、ユージン・ディプル(Eugene Dibble)と看護師ユーニス・リバーズ(Eunice Rivers)の2人でした。特に看護師ユーニスは、地域のアフリカ系アメリカ人から絶大な信頼を集めていました。彼女が勧めるプログラムだから・・・と参加する人も少なくなかったと言います。

彼らは同胞を裏切った悪人か?と言われたら、そう簡単に決め付けられる話でもなく・・・。

特にユニースは内部告発後、タスキギー梅毒実験が大スキャンダルとなった後も、地元で公衆衛生の仕事を続けています。私はこの2人がどんな気持ちで研究に参加していたのか、知りたくなって調べてみたのですが、今回はまず、この事件の概要と、研究を行った保健局のある博士の、同研究に対するコメントをご紹介します。*タスキギー事件をご存知の方も、公衆衛生局性感染症部のジョン・ヘラー博士の発言はぜひ見ていただきたいです。

狙われたアフリカ系アメリカ人の貧困層

アフリカ系アメリカ人の貧困層が多数住む、アラバマ州にあるタスキギーで行われた史上最悪の医学実験。梅毒患者を見つけ、適当な病名(“Bad blood”)を付け、”政府による無料の医療サービスを提供する対象者に選ばれた”と騙した上で、実際には何の治療も行わず、梅毒罹患後の経過を観察していたからです。この実験は1932年から40年も続きました。長く続けられた背景には、アメリカ公衆衛生局が主導した事実があります。数人のマッドサイエンティストが勝手にやった人体実験ではなく、政府が公式に行った梅毒の臨床研究だったのです。

貧困層を狙ったというところも悪質です。実験に参加すれば食事や生活必需品がもらえるため、続々と希望者が詰めかけました。持病があれば、無料で治療してもらえるという条件も、かなり魅力的だったと言います。死後に検体を受ければ、葬儀費まで出してくれるということでした。

経済的な理由から十分な教育を受けられていない層を狙うことで、新聞も読めないだろうから、実験のインチキ具合に気づかれにくいと考えたとのことでした(1990年代に研究者の1人がテレビインタビューに答えたそうです)。対象とした人種がアフリカ系アメリカ人だったのには、人種差別できな発想がありました。それは、アフリカ系アメリカ人は、たとえ性病を抱えている相手とでも性行為をしてしまうだろうから、梅毒であることを伝えても伝えなくても結果は変わらないというものでした。多少なりとも、人を見殺しにする罪悪感があったのではないでしょうか?それを拭うための、無理やりな言い訳に聞こえなくもありません。

この実験が行われている最中に、太平洋戦争が起き、アメリカは日本に原爆を投下しますが、原爆投下自体を批難した当時のカナダの首相、マッケンジー・キング氏は「原爆がヨーロッパの白人でなく、日本人の上でよかった」と発言しています。原爆投下は、人体実験的な意味合いもあります。ここが“条件次第で誰でも弱者になりうる”と考える理由です。

このような時代背景を考えると、この研究者たちが特別な人種差別主義者問いわけではなく、北米・ヨーロッパ社会全体にそのような考えがあったゆえの選別だったようにも思います。

隠された病名、治療法

本来の研究計画では、6ヶ月観察後、当時使われていた薬によって治療を開始するとなっていたようです。しかし、大恐慌により、研究助成が打ち切られ、必要な治療費が得られなかったため、計画を変更したという説もあります。ただし、この研究の代表者として名前のあがることの多い、タリアフェーロ・クラーク博士は、仲間の研究者が”偽りの治験情報で被験者集めをする”計画をしていたことを知り、それを反対する等、最初から闇を抱えた研究ではあったようです。クラーク博士は、実験開始と同時に公衆衛生局を退職したと言われています。

騙し討ちのように開始された研究ですが、嘘をついたのは研究開始当初だけではなく、ペニシリンによる治療法が発見された後も、”治療をしない”という研究が続けられました。1947年にはペニシリン投与が梅毒に対する標準医療となりましたが、タスキギーの被験者には投与されることがありませんでした。それどころか、住民に向けた梅毒治療プログラムの情報も、被験者に知られないよう遮断されていました。軍に入隊するための健康診断で梅毒と診断され、治療を勧められた被験者にも、”医学的なアドバイス”を行い、治療のチャンスを奪ったと言います。

なぜ、このような大嘘プロジェクトが成功してしまったのか? 

治験に協力したタスキギー病院の院長、ユージン・ディプル(Eugene Dibble)をはじめ、多数のアフリカ系アメリカ人が治験を行う側にいたこと、地域の保健師的な役割で治験に携わった同じくアフリカ系アメリカ人、ユーニス・リバーズ(Eunice Rivers)の存在は小さくない要因かと思います。

非道な人体実験を止めたのは、カリフォルニア州で公衆衛生局の性感染症調査官をしていたピーター・バクストンです。バクストンは1966年、倫理性に欠けたこの研究への懸念を性感染症対策課長に抗議の手紙を送りました。しかし、研究を管理するCDCは、調査完了まで、同研究調査を続ける必要性があることを確認したのみだったと言います。この研究は、梅毒患者が死んでいく経過を観察したものです。つまり研究の完了とは、被験者全員が死亡することを意味していました。バクストンはここで諦めることなく、メディアにリークを行いました。ニューヨークタイムズ等のメディアが記事にしたことで1972年、ようやく研究はその終わりを迎えました。

当初399人いたとされる梅毒患者のうち、生き残っていたのはわずか74人だけだったと言います。この人体実験は、梅毒という病気の特性もあり、彼らの妻や生まれてきた子どもも被害あいました。

人体実験に参加した医師らは何を思うのか?

最後に、先日、イベルメクチンをめぐる不可解な裁判ー米国コロナ事件簿(2) を書いた時、助けられないと思っていた患者が目の前で回復していく・・・にも関わらずその治療を中断することになった医師はどんな気持ちなのだろう?が気になっていました。


概要:「できる治療は全てやった」という医師に対し、最後の望みをかけてイベルメクチンを処方して欲しいと患者家族。病院がNGを出したことで、家族は病院を訴え、裁判官から同薬を使った治療を行う命令が一度は下りた。病院は同薬を13日間投与。回復が見られたが、次の判決が出たことで治療は中断することに。

タスキギー事件を調べている時にも同じ疑問が生じました。そんな中、主席研究者だった、公衆衛生局性感染症部のジョン・ヘラー博士の発言を見つけました。人体実験についての、内部告発が行われた後の発言ということですが・・・。


大部分の医師も公衆衛生局員も、単に自分の仕事をこなしただけだ。上からの指示に従った者もいれば、科学の栄光のために働いた者もいたというだけの話。(”Whiteout:The CIA, Drug, and the Press”より)

この事件をシェアしているのは、何もアメリカを批判したいからではありません。人間、何かがどうかなると、こういう風になっちゃうんだろうな・・・という・・・すみません。何を言っているのか、わからないかと思いますが、実際、何と言ったら良いのか、言葉が見つかりません。

国家としての謝罪は、1990年代に当時のビル・クリントン大統領により行われました。この事件をきっかけにインフォームドコンセント等の重要性が理解され、患者を守る法律ができ、被害者らには賠償金も支払われました。公衆衛生局での調査も行われたようですが、誰かが逮捕されたというような情報は見当たりませんでした。国家プロジェクトだったのですから当然かもしれません。それゆえの・・・上記の言葉なのかと思います。

ただ、この実験は研究者が何人も入れ替わっていると言います。それは人間の心が耐えられなかったのではないかと思っています。そのような中、この研究の最初から最後まで携わったのが、アフリカ系アメリカ人の看護師、ユニースでした。ユニースは晩年、ハーバード大学の行った“アフリカ系アメリカ人女性の口述による歴史プロジェクト”のインタビューに答えています。このインタビューはいろいろ考えさせられるものがありましたので、次回、ぜひシェアさせてください。

ご参考:罹患率・死亡率が高いアフリカンアメリカン、ヒスパニック層で、ワクチン接種率はなぜ低いのか?

コロナは人種によって、感染・入院・死亡のリスクが異なると言われています。特に多いのがアフリカ系アメリカ人とヒスパニック・ラテン系です。データはCDCの最新情報からです。

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他の人種と比べ、リスクが高いと言われるアフリカ系アメリカ人とヒスパニック・ラテン系ですが、一方で、ワクチンの接種率が低いことが問題視されています。
下記はワクチン接種率の人種別推移です。順番に、アメリカンインディアンとアラスカ先住民(AI/AN)、アジア系(Asian)、アフリカ系アメリカ人(Black)、ヒスパニック・ラテン系(Hispanic/Latino)、ハワイ先住民とその他の太平洋諸島出身者(NHOPI)、コケージャン(White)です。

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