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足助のおばさんと教育 26 高校生12

夢のつづき  最終回

    夢のつづき
第12回 わかれ
 (前号まで:水田君をふり、松田君との接点もなく、寂しい青春を送っていた由芽子は、教育大学への進学を希望する。)
 高校三年生は、二月半ばまで登校すると、後は、自宅での学習ということになる。その間を縫って3月1日、卒業式が行われた。
 その卒業式で渡されたアルバムの名簿を見て、由芽子は驚愕した。松田君の住所が、大阪になっているのである。もともと関西弁で喋っていた松田君だったから、そちらの出身には違いないのだが、まさか卒業後に大阪へ戻ってしまうとは……。どうせむくわれないまでも、同じ名古屋の空の下にいると思えば、それだけでほっとできるはずだったのに、大阪とは……。
 由芽子には、もはや受験どころではなかった。
 どうやってこの思いを伝えよう。手紙だ。手紙しかあるまい。「あなたが好きです……」言い切ってしまってよいものだろうか。水田君との苦い思い出もある。こちらが好きだからといって、向こうにその気があるとは限らないのだ。しかも、由芽子自身、松田君のことを知らなさすぎた。
 由芽子は、そのことを正直に書いた。あなたのことを何も知りません。ですが、知らないままに終わりたくもない……。そして書き上げた手紙を投函するのに、また数日を要した。
 その後のことは、簡潔に記そう。
 結局、無事教育大に進学した由芽子と、一浪する事になった松田君は、3年間文通を続けたのである。由芽子の恋が成就したのかというと、そうではない。文通を続けるにしたがって、互いの思いが擦れ違っていく事を由芽子は感じていた。そして3年目の冬、大学の友人と京都を旅行することになったのをきっかけに、由芽子は、松田君に会う事を決心した。どうしても会ってくれと、強迫めいた語調で手紙をしたためた。
 京都での夜、友人と離れて一人、京都駅前で松田君を待った。3年振りに見る松田君は、変わらぬ笑顔で由芽子の前に現れた。口紅を赤くぬって待っていた由芽子に、松田君は「こんなにきれいになっていたの……」と、泣かせる科白をはいてくれた。二人で四条河原通りを歩き喫茶店で夕食をとった。松田君は建築士への希望を強くしており、由芽子の知らない建築家の名前を次々に語った。その口元、その仕草、由芽子には忘れられぬ一夜である。だが、この人は私のパートナーではない、という気持ちが由芽子の中ではっきりした。あいかわらず魅力的な松田君だったが、やはり、この人と自分の中には、接点がなさすぎる。
 別れる時、「もう会わないと思う」という由芽子の言葉を松田君はどう聞いただろう。その時の由芽子には、考えるゆとりもなかったが、結局水田君と同様、由芽子がふってしまったのだ、と思い至ったのは近年の事だ。
 その彼に、今年由芽子は同窓会で再会した。変わらぬ笑顔で、向こうから声をかけてくれた。彼は今、世界をまたにかける建築家である。いろいろな賞ももらっているらしい。
 田舎の主婦に収まった由芽子に、松田君は、井戸の中から太陽をのぞくように、しばし憂き世を忘れさせてくれる存在である。
 彼から届く年賀状が由芽子の手帳にはさんである。毎年届くそのはがきが、今も由芽子に夢の続きを見せてくれるのだ。青春の夢の続きを。(完)(2008年2月2日 記)

(元ブログ 夢のつづき  最終回: Here Come the 足助のおばさん (asukenoobasann.com)

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