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星降りの森【短編】

あらすじ
星が生まれる森には、死んだ人々の魂がやって来る。その魂は星守り師の手によって丹精こめて育てられ、機が熟すと完成した星となり空に上がっていく。
星の源である魂は、わだかまりや未練を捨て去らないと完璧な星にはなれずにやがては腐り果てていく。星を腐らせず新星を空に放つのが星守り師の役目である。


第一話 ミロという魂

星降りの森には魂になったばかりのものが集まってきます。

その森は、灯りもないのになぜかほのかにあたたかい光に包まれています。森の上の空には無数の星々がまたたいて、森をやさしくてらしているからです。
肉体から出た魂はお星さまになる前にこの星降りの森にやってきて星になる準備をするのです。魂が無事に空の星となるのをお手伝いするのがこの森にすむ星守り師の仕事なのです。

今日も星降りの森になりたて魂がやってきます。魂になりたての時は、生きていたころの姿をとどめているものもいますが、ぼうっとしたモヤのようなかたまりになっているものなどさまざまです。ちょうど小さな子供の魂がほじょ輪のついた小さな自転車でやってきました。「はじめまして星降りの森にようこそ」黒い帽子、黒の衣装の星守り師が小さな魂にあいさつをします。

「はじめまして、ぼくの名前はミロです。ここはお星さまが降ってくるの?」とやって来たばかりのミロという小さな魂がたずねます。
「降ってきそうなほどたくさんの星がまたたいているのでそう呼ばれています。わたしはこの森できみが星になるのをお手伝いする星守り師です」「えっぼくお星さまになるの?」「はい。そのために少しきみのことを知りたいのです。きみがいちばん楽しかったことについてです。」と星守り師がやさしく問いかけました。

するとミロは「あのね、ぼく自転車で森の方にいって葉っぱや木の実を集めたり、鳥やリスと遊んだりするのが好きなんだよ」と楽しそうにこたえました。
星守り師はまたたずねます。「いつもそのように楽しく過ごしていたのですね。他に好きだったことやってみたかったことはありましたか」と男の子を包み込むようなまなざしで見つめます。「絵をかくのも好きだよ。森でひろった落ち葉やどんぐりをかいてお母さんに見せたらすごく上手ってよろこんでくれたんだ」とミロはほこらしそうな顔をしています。「それでね、木の実をひろいにいこうと自転車で森に行ったの。そしたらさっきまでお昼だったのにいきなり暗くなってしまったの。どこにいるのかわからなくなって、まよっているうちにきっとこっちにいった方がいいような気がして夢中でこいでいたらこの森にたどり着いたの」とここに来るまでのいきさつを話しました。

星守り師はまたやさしくミロを見つめ「なるほど。きみは短くてもたっぷりと自分の好きなことをいっしょうけんめいやってきたようですね、それではもう大丈夫でしょう。心残りなどないようですね。」とていねいにたしかめるような口ぶりでつづけました。

「心残りって気になっていることだよね?」とミロはいいます。「…おかあさん、ぼくがどこかにいっちゃってかなしくないかなぁ…さみしくないかなぁ」と話すうちに、小さなこころはお母さんを想う気持ちでいっぱいになりました。
星守り師はゆっくりうなずき「お母さんのことが心残りなのですねわかりました。ではこうすればどうでしょうか。お母さんにいつもきみがそばにいることを知ってもらうのです。」「知ってもらうってどうやって?」

「そうですね…きみが大切にしているものに想いをこめお母さんに持っていてもらうのです。そうすればきっとお母さんはきみがそばにいることに気づいてつらくなくなるでしょう。」と星守り師はほほえみながらミロにいいました。「でも…どうやってぼくの大切なものをお母さんに教えたらいいの?」とミロ。「むずかしいことではありません。心のなかでお母さんにつよく語りかけるのです。」

「うんやってみるね」とミロはぎゅっと目をとじ心のなかでお母さんに自分の想いがつたわるように念じました。
─お母さんのつくるごはんがいつもおいしかったこと、絵をほめられてうれしかったこと、寝る前にベッドでお母さんが本を読み聞かせてくれるときのしあわせな気持ち、なによりもお母さんが大好きなこと─
すると星守り師は両手かかげて、まるでミロの想いが空にひろがりわたるようにあおぎました。

しばらくして、星守り師がそっと手をおろし、「これできっと大丈夫。きみの想いはお母さんに届きますよ。ミロ、いまどんな気分ですか?」とたずねました。
「うん。さっきよりもこころがスッキリとした気がする」とミロの顔からはさっきまでの不安は消えていました。「さぁ星になる準備をしましょう」と星守り師がいうと、ミロの体はいっそうぼうっとしたモヤのようなものに包まれていきました。

 そのころミロのお母さんは日がくれて暗くなってきたにもかかわらずテーブルにひとり座ってうつむいていました。「ああ、ミロどうしてこんなことに…こんなことになるならひとりであそびにいかせるのではなかったわ」とぶつぶつ声にならないような声でつぶやいています。…自転車もまだはやかったのかもしれないわ、ご近所に小言をいわれても家の前で遊ばせておけばよかった…と目には今にもこぼれおちそうに涙がたまっています。

そのときでした。開けていた窓から風にのっていちまいの葉っぱが入ってきて、お母さんのいる台所をくるりと一周したかと思うと奥の部屋に飛んでいきました。そこはかべにいくつかの絵がはられ、すみに置かれた木箱のなかにおもちゃがつんである子供部屋でした。お母さんは葉っぱにみちびかれるようにおいかけました。「まあこんなところまで葉が舞いこむなんて…」お母さんはフウッと小さなため息をついて子供部屋を見わたしました。

ミロがいなくなってからこの部屋に入るのがとてもつらくなるのでした。さっきの葉っぱは机の上でおちついていました。お母さんは机の前まできてさらに深いため息をひとつつきます。机のかたすみに置かれた空き缶のなかに木の実やきれいな石がはいっています。(…あの小さなかわいい手で夢中になって集めていたものだわ…)と愛しそうに空き缶のなかを見つめています。ふと机の上の本棚に目をやると画用紙がいちまい本と本のあいだにはさまっていました。「…あら?こんなものあったかしら…」

「ミロ、きみはいま星になろうとしています。わかりますか?」と星守り師はミロにたずねます。「うん、なんだかとてもあたたかいものに抱かれている感じがする…」
ミロの体はあたたかな光にかこまれて、みるみるうちに光のかたまりになっていきました。「すごくたくましくきれいな星になっていっているのですよ。なにもこわくはないでしょう」と星守り師はおだやかにたずねます。
ミロは光のなかから「こわくなんてないよ。あたたかでやわらかくてなんだかお母さんといっしょに寝るときのような感じだよ。」とこたえました。「とてもあたたかくてねむくなってきた…星守り師さん、ありがとうございます…もうお母さんのところにかえりますね。さようなら…」とさいごのあいさつをしました。ミロを包んでいた光はいっそうかがやきをましていきました。

お母さんはそのとき、画用紙をじっと見つめていました。そこには、ほじょ輪のついた自転車に乗り楽しそうなミロが満点の夜空を駆け上がっている光景がえがかれていました。
「ああ…あの子はこの絵のとおりになったのだわ…なんてたのしそうな顔をしているのかしら…」とおもわず画用紙を抱きしめるとあたたかなものが胸にこみあがってきました。
「きっと、あの子はこの絵をわたしに見せたかったのだわ。そうよこの顔、とても楽しそうだしこれから冒険にでるようなほこらしげな顔をしているわね。この絵を見るたびにミロがすぐそばにいると思うようにするわ。今もこんな感じで星空を駆けめぐっているのよきっと。お空からお母さんをずっと見守ってくれているのよね、ミロ。」
─お母さんは夕日がしずんですっかり暗くなった空を見上げて語りかけるようにつぶやきました。

ちょうどそのとき、東の空にひときわ輝く星がのぼっていきました。

森の夜空にはあまねく星々が輝いて森をやさしくてらしています。時折、いくつかの星が右や左に、上から下に流れていきました。それはまるで星が降ってくるかのようでした。


第二話 ある男の魂

星降りの森には今日もなりたての魂がやってきます。
「ひぃひぃふう…ああここはどこだ、へんな森に迷いこんでしまったものだ」今きたのは、どうやらかっぷくのよい男の人だった魂のようです。
「星降りの森にようこそ」と星守り師が迎えました。「ああ、こんなところで人に会えるなんて。迷いこんでしまって困っていたところなのです。失礼ですがあなたは?…」と息せききらせていた男がたずねます。

「ここは星降りの森です。魂が星になって夜空に還る場所です…」と星守り師はていねいにこたえました。すると男は「ああ…ということは、わたしはすでに…ああやっぱり…」とおののきました。
「落ち着いてください。今はどこも痛くも苦しくもないでしょう」
「ああ…たしかに。痛くもかゆくもないです…はい。ですがわたしはもう若くはありませんが年寄りというほどでもないので無念な気持ちはありますですなぁ。」というやりとりがつづき、星降り師は「たいていの人はそう言います。今の生が終わってもまたつぎの生が与えられますよ。ですがその前にいったん星になり空にかえらなければなりません。あたなは心残りはありますか?」とおだやかにたずねます。

「そりぁ心残りは山ほどありますよ。仕事のことや今まで貯めてきたお金のこと、ああ数えたらキリがありません。あと…」とつづけばやに男が話すとちゅうで、星守り師はおだやかな口調のなかにもきぜんとした感じで「あなたの人生で本当に大切にしていたものはなんだったのですか」とたずねました。
すると男は考えるようなそぶりで「本当に大切にしていたもの…といわれればむずかしいですね。わたしは若いころから仕事、仕事で…金をかせぐこといがいはこれといった趣味もなく…」としどろもどろに話す男を星守り師はすきとおったひとみで見つめています。

「思いかえせば、わたしは目の前の仕事に精を出し、日々の糧を得ることにせいいっぱいでした。それ以外では、これといった楽しみもなく…」と少しこまったように話す男に、「今回の生で本当にやろうとしていたことはできましたか」と星守り師はもう一度、たずねます。
「…やりたかったこと…わたしがやりたかったことは、金をかせぐことの他ではいったいなんだったんでしょう。
まわりの人にあわせていた、いやながされていたのだと思います。世のなかというものに。
常に新しい物を求め、つぎはあれが流行るといえばとびつき、世間が怒れといえば怒り、悲しめと言えば悲しみ、笑えと言われれば笑い…
ですが、そういったものは、しょせんは借り物のおこないです。

若いころはけっしてそうではなかったのです。若いころ……はやくに父親をなくしたわたしは、母と弟や妹を支えるために学問はそこそこにはやくに職をもとめ街にでました。
街には自分と同い年ぐらいの若者がきらびやかに着かざって、勉強や遊びや恋に…青春にひたっているのを横目にながめていたのです。」
男は自分の幸福とはいえなかった昔のことを思いかえしていました。

男の周りの空気もざわざわとゆらめきました。「若いころのわたしは少し尖ったところがあり、世間に流されるような人間にはなりたくなかった。そういった人間は俗物だときらっていた。ところがです自分がその俗物そのものになっていったんです…。」男はとうとう泣き出してしまいました。

泣いている男を見つめていた星守り師は異変に気づきました。男の周りをかこむ空気がさっきまでと変わってきていたのです。「あなたは精いっぱい生きていたのですね。」と星守り師は少しほほえんで男にいいます。

すると男は「はい実に精いっぱいでした。そのなかで自分のよろこびなど見ないふりをしていました。考えてもしかたのないことだと思っていたのです。…ですが、もしつぎの生が与えられるのであれば、今度は借りものでなない自分だけの楽しみ、いきがいを追求したいものです」といいました。

すると星守り師は「もう大丈夫なようですね」と深くうなずきました。すると男の体は少しづつかがやきだし、光に包まれていきました。
「…ああ、わたしはいますごくあたたかいもの包まれていっている…。これだ!わたしはずっとこの光のようにつよくやさしいものになりたかった!母や弟たちを包みこむような大きな光に」と言ったあと、男はたちまち光そのものになっていきました。
そして、ピカっとまわりを照らすように輝いたあと、スウッと吸い上げられるように空高くのぼっていき、夜空にまたたく星のひとつになったのでした。それは流れ星のようにほんの一瞬のできごとでした。


#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門


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