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『糸車と春、そして電話がなる』

かかってくる電話のことは好きにはなれないけれど、――だって私にかかってくるのは大抵つまらない電話だから―― 点と点を繋ぐ電話線のことならなんだか好きになれそうだと思う。

しにたいと思った日に電話をする、そんな約束を交わした過去がほしかった。約束はなかったから、街を歩いた。世界のことがどうでもいいとき、地球のことが愛せないとき、歩く街には記号しか落ちていない。記号の海からいくつかすくいあげて、撚りあわせて、糸にして、布を織って、服にして、遠くの何処かの私みたいな誰かを、温められるだけの力が欲しい。私の仕立てた物語を纏ったひとが歩く地球のことなら、すんなり愛せそうだと思うから。

*

足元に「花」が散ったもの「花びら」が落ちている。そこかしこに。そうか今は春だった。「花びら」を拾い集めて、撚りあわせた。それらは汚く茶色くなった! 糸にならない記号、分厚い辞書を前にして、私はひどく無力だった!

仕方がないから私はしにたいまま歩いた、しにたいままだったけど、私の「死」も、やっぱり撚りあわせても糸にならずに、布は織りあがらず、服になることは無く、私の生をすくいあげて温めてはくれなさそうだから、とりあえず生きたままいることにした。
春だった。電話がなった。私は新聞の勧誘を丁重に断った。記号の海をまだ泳げない。点と点は繋がらない、糸にはならない、まだ。

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