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人気な若い女の先生

 忘れられない先生の言葉はいくつかあるけど、大した思い出もないのに思い出す回数のとびぬけて多い先生がいる。私のくしゃみを聞いて、「ふふ。おやじみたーい」と言った女の人。家庭科の先生。くしゃみをする度に思い出す。

 田舎の女子中学生のアイデンティティ確立に、姉が大きな影響を与えることは想像に難くない。私は中学生まで姉の存在に翻弄されていた。姉が目立つため、姉の卒業と同時に入学した私はあらゆる人から声をかけられた。こないだまで崖を上って遊んでた私を要注意人物としてマークする先生たち。眉毛ボーボーの私を見ても一応声をかけてくる先輩たち。先入観はなかなか捨てられないらしい。

 20代のおしゃれな先生は、姉の恋愛相談をよく受けていたらしい。私も良く姉から聞いていた。自分らしさの揺らぎやすい13歳の私は、何よりも興味があるのは漫画のくせに一応その先生に一目置いていた。なんとなく期待を裏切ってはいけない気がして、愛想笑いをしていた。この頃はまだ自分がおかしいことに気付いていなかったから、自分の不自然な振る舞いを自覚することもなかった。おそらく私は反応乏しく愛想笑いをし、意味不明な返答をしていたに違いない。思い出すだけで恥ずかしいのだが、この頃はこの頃なりに必死だったろうから仕方ない。よく何度も私に笑いかけてくれたものだ。先生だからみんなにしていたのかもしれないけど。

 別に私は好きでも嫌いでもなかった。「姉が恋愛相談をしていた先生」として見ていた。周りの子達よりも性的な成長の遅い私は「姉が恋愛相談していた先生」に相談するような話題もさほどなく、話す機会もなかった。好きでも嫌いでもない状態のままだった。

 そして授業中、くしゃみをした私に言ったのだ。いつも通りピタピタの服を着て、男子生徒の性的な発言へ返すときと同じ笑顔で、鼻の穴のでかい顔で、「ふふ。おやじみたーい」と。すでに話しかけにくい空気をまとい始めていた私は数人から小さく笑われただけで、自分でも真顔だったことを覚えている。恨んでいるつもりはないけど、くしゃみをする度に思い出すのだから、根に持っているのかもしれない。

 くしゃみがおやじくさいと言われたことを恥ずかしく思う気持ち。これが私の思春期の顕れだと思う。ぶりっ子先生にいじられて薄ら笑いで静止したこと。これが私の外向性の低さを自覚した瞬間だったと思う。田舎の小さな小さな町で、初めての外の世界で、人は2種類に分けられることに気付き、自分はその他大勢に分類されることを知った。そこからは速かった。恥ずかしいという思春期特有の自意識の高さによる根暗化、コミュ下手による友達との付き合いの失敗、突然没頭した読書による追体験の数々。そして私は完全なる人格変化を迎えた。それは私は姉のようにはなれないこと、友達のようにはなれないことを受け入れた証だった。人と違うことがずっと苦しくて、無意識なりに溶け込もうとして、それが無理な事実と私の脳髄に鉄槌をねじ込んだのは、あの「ふふ。おやじみたーい」によって呼び起こされた何かだった。クールでドライと言われる私の誕生。かわいいぶりっ子はかわいいけど、鼻の穴がでかいぶりっ子はチャラDCの卑猥な言動の受け皿として需要があると位置づける私の前身。辿るべき道を辿って私という自我の確立を果たしたけど、自分の性格の悪さを好きになるまでずいぶんかかってしまった。やっと最近、あの頃を自分を愛しく思える。

 あの先生の立場のことも今なら想像はできる。中学生にちやほやされるのが苦痛なタイプには見えないけど、腹の底で何を思っているのかなんて分からない。同じ年代の女性教師は馬鹿にされてるのにあの先生が好かれていた理由は分からないけど、やはりそれも能力なのだ。会話という会話はほとんど覚えていないのに、容貌と話し方だけはよく覚えている。忘れられないあの先生。

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