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資料の息づかいに触れる [横浜開港資料館]

2023年9月18日 カロク採訪記 阿部修一郎


横浜開港資料館へ

2023年9月18日、横浜でのカロク採訪記に参加しました。
今回私たちが向かったのは、横浜開港資料館で開催の特別展「関東大震災100年 大災害を生き抜いてー横浜市民の被災体験ー」。
私は、今回が初めてのカロク採訪記参加です。NOOK主催のワークショップ「記録から表現をつくる2023」(2023年7-9月開催)に参加した縁で、記録をめぐるフィールドワークに関心を抱き、今回参加することにしました。

神奈川県立歴史博物館を出た我々は、途中関内餃子軒2号店に立ち寄り昼食をはさみます。ランチメニューには、五目炒飯セットを頼みました。美味でした。そこから神奈川県庁方面へ向けて湾岸通りを直進すると、横浜開港資料館へ到着です。

たまくすの木

横浜開港資料館は、幕末からの横浜の歴史を伝えるための施設として1981年に開館。旧英国総領事館である旧館、新館、中庭の「たまくすの木」によって構成されています。資料館が建てられている場所は、1854年の日米和親条約の締結地とのこと。「たまくすの木」は、その当時からこの地に在るということです。
展示室のある新館では、1階の「展示室1」で開港に向かう横浜と当時の国内・世界情勢を、2階の「展示室2」にて文明開化期の横浜を、錦絵や写真、模型や物品などによって解説しています。特別展は、2階の「企画展示室」にて開催されています。

展示室にて

新館2階の一室が、企画展示室となっています。壁に沿った四面のウィンドウには、解説文とともに写真などが展示、展示室内中央に並べられた展示台には、当時について記された日記が展示されています。展示室内の写真撮影は、入ってすぐの入り口部分以外は、基本不可でした。

左は、西野芳之助撮影の「横浜市山下町ヨリ本町通」。右は、中村春之助撮影の震災後の横浜駅プラットフォーム。震災を受けた横浜駅は、「地震の揺れには耐えたが、付近で発生した大火災で類焼、午後4時には全焼した」(横浜都市発展記念館・横浜開講資料館 2023: 9)ということです。上部にある時計がさす時刻は、震災発生時刻である11時58分で止まっています。時計の下に立つ男性は、横浜駅長の太田峰尾氏。太田氏の周囲では、当時の横浜市民たちがカメラを見つめるように立っています。
 このカメラを見つめる彼ら彼女らのまなざしが、この特別展の主役です。特別展副題に「横浜市民の被災体験」とあるように、市民たちが残した日記や絵や写真などの資料が中心の構成となっています。行政機構による調査報告や、企業などの組織目線での資料も多い神奈川県立歴史博物館の展示と比較すると、その違いは顕著です。

 市民のまなざしによって構成された展示であることを象徴するように、展示室の入り口には、横浜市民の岡本三郎氏が撮影した「地震発生直後の横浜市街地」の写真が掲げられています。
 岡本は、当時常磐町に自身の写真館「サブロの写真館」を開業したばかりの写真家でした(堀 1993)*1。 展示されている写真は、その岡本が地震発生からわずか5分後に撮影した光景です。
 非常に迫力ある光景です。倒壊した建物の数々。画面中央の電信柱こそすっくと垂直に立ったままですが、その左隣や奥の電柱は、いくらか傾いています。画面の中をよくみると、倒壊した建物の屋根の上に立っている人影も見えます。小さな人影です。唐突におとずれた巨大な出来事と、その渦中にある市民の姿が、一様に見て取れます。そして撮影の直後、横浜の街は火に包まれたとのことです。そのため、岡本の写真は火災発生以前の被災状況を撮ったものとして、貴重な位置付けをもっています。

 展示された資料の中でも、個人的に特に目を引かれたのが、画家の八木彩霞(熊次郎)氏が描いた『大正十二年九月関東地方大震災画録』です。八木氏の描いた絵は、特別展のパネルやフライヤーにも採用されています。

*1 堀勇良(1993)「横浜人物小誌34 震災を記録した写真家 岡本三郎」『横浜開港資料館館報 開港のひろば』第42号, p7 http://www.kaikou.city.yokohama.jp/journal/images/kaikouno-hiroba_42.pdf

出来事は、時刻とともに描かれています。主な流れは以下の通りです。

 11:58 震災発生。熊次郎、元町5丁目の理髪店で被災する。

 12:00 熊次郎、電車道へ飛び出す。「振り向いて見ると今居った家は粉微塵になっていた」。「家は倒れる、電線は切れる、破れた家から負傷した男や女や子供が悲鳴を上げて這い出して来る。阿鼻叫喚の修羅の巷を現出した」。

 12:10 今までいた理髪店をみると、「潰れた家の中から助けを呼ぶ声が聞へる」。数名救助したものの火災が迫っており、「可愛想だが是迄だと悲痛な言葉を残して逃れ出た」。

 12:25 熊次郎、桜道に逃れ、坂を登って元町小学校を目指す。途中、パニック状態の外国人女性と遭遇し、3人の子供の救助を求められる。窓から泣き叫ぶ子どもたちが確認できたが、建物の破壊によって近づくことは困難。救出はできなかった。

 12:40 火災によって、前述の建物が燃える。「子供の悲鳴は今は全く消へて火の燃える音、音の倒れる音ばかり耳を剪いで聞へる」。外国人女性は子供の後を追おうと炎の中へ飛び込もうとしたが、熊次郎が身体を張って止める。

 12:50 熊次郎が外国人女性を押さえつけていると、その夫が駆けつけ、熊次郎に感謝を述べる。3人は山手町44番地のカトリック教会裏に避難する、宣教師の老婦人「嘆くことはありません。神様の御許へ御子供が招かれたのです。目出度い門出であります」と説教を行う。熊次郎、その言葉に憤りを覚える「「コノ老婆何ヲ云ヤガルンダ、べランメー 可愛イイ子供ヲ招クニ焼イタリ潰シタリシテ招カナクトモモツト優シイ招キ方がアリサウナモノダ」と擲ツテヤリタカツタ」。

 12:56 熊次郎、山手の丘より、横浜市街地や本牧方面を臨む。火は勢いを増している。東の方角にむかって皇室の無事を祈る。同時に愛媛県松山市のある西の方角へむかって旧藩主(久松定膜)、恩師、親友、家族等の無事を、故郷の神々に祈願する。〔解説によると〕の時点で被災者が自身の被害範囲を知ることは不可能であった。

同氏の描いた「大震災画録」の絵と解説資料の一部は、横浜市のホームページからも閲覧することができます(横浜市 2023)。順を追ってみてゆくと、わずか1時間(記載されている時刻が実際のものか、本人の体感によるものかは不明ですが)の間に、次から次へと、あちらでもこちらでも目まぐるしく出来事が発生していることが分かります。震災発生直後に起こった出来事が絵と文章とで綴られているのですが、無事に避難し終えた後に描いたためか、実際の経験に基づく臨場感のある展開ながら、どことなくユーモラスでもあります。
 いわば、非常に主観的な記録なのです。しかし、こうした個人のまなざしに基づいた記録だからこそ、公的な記録物からはこぼれ落ちてしまうような、「息づかい」が含まれていると感じます。

資料の息づかいに触れる

「息づかい」といえば、もうひとつ。
展示資料のひとつである「佐久間権蔵日記」では、関東大震災は「安政以来の大地震なり」と表現されています。巨大な震災の象徴として、我々が阪神・淡路大震災や東日本大震災を想起するように、佐久間やおそらくその同時代の人々にとって、大震災の象徴は、1854年に起こった安政の大地震だったのでしょうか。あるいは、1896年に明治三陸地震が発生していることを踏まえると、首都直撃の震災の象徴としてかもしれません。
私がハッとしたのは、佐久間にとって安政の大地震は、関東大震災と紐づけられる、なまの出来事として息づいていたであろうということです。2023年を生きる私にとって、安政年間の出来事は、もはや記号的な情報です。大河ドラマなどで表象される安政当時の出来事も、一種のエンターテイメントとして、距離を置きながら見ています(ペリー来航、地震発生、安政の大獄、桜田門外の変...など)。しかし、1861年に横浜で生まれた佐久間は、安政年間の当事者たちに、自然と囲まれる環境で育ったでしょう。直接的に経験しておらずとも、周囲の人々と関わる中で、自然と安政年間や、その前後の時代の空気やまなざしを、自然と取り入れていたと思われます。
当時の人々が、どのような時間感覚のなかに生きていたのか。関東大震災の資料に触れることは、それが起こった1923年だけに触れることではありません。資料には、当時の人々が身体感覚として経験していたであろう、過去と未来も同時に宿されている。個々人のまなざしが宿された資料に触れるということは、その資料が含むある種の息づかいに同時に触れることでもあると感じました。
普段あまり訪れることのなかった資料館という性質の場所だからこそ、今までとは異なるアプローチで展示に触れることができました。これまで私個人としては主体的に関わることのなかった、関東大震災という出来事と、そのなかで生きていた人々。彼ら彼女らが、見たり聞いたりしてきたもののほんの一部でも、文字や写真や絵を介して、私の身体のなかに含まれたように思います。

阿部修一郎(映像作家)
場所・記憶・映画を主題に制作活動を行う。失われゆく場所特有のリズムの記録を試みている。
https://lit.link/shuichiroabe


参考文献

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