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創作大賞2024 ホワイトトラッシュ #3

▪️初仕事
白石はこの期に及んでとんでもないことをしてしまったと思い目の前が暗くなったが、事実を直視するのが憂鬱で考えるのを後回しにした。

車は西新宿のマンションの車庫に入った。ドアを空け扉を開けると部屋の中央に公民館に置かれていそうな安っぽい長机と椅子が配置され、想像よりも事務所然としていた。

一人の男が席で電話中だった。チェアに踏ん反り返っているが深刻そうな顔で何やら窮状を訴えている。

「…いやどうしても今日中に支払しないといけなくてさ…」

「…そうなんだよ、もう会社クビになるかもしれなくて、何十社も面接してなんとか入れた会社だから出来る限り続けたいと思ってるんだけどね」

「…ありがとう。じゃあ今から言う口座番号にすぐに振り込んでもらえないかな。」

「…本当にありがとう。振込完了したら折り返し貰える?」

「じゃあ頼むね。本当にありがとう。」

男は電話を切った。

「50万いけるかも」

「すげーじゃん。」

「こいつは?」

「あ、新人」

「え聞いてねえよ、大丈夫か?」

「心配ないよ」

「そっか」

肩まで伸ばした髪をかき上げながら男は案外素直に従った。薄汚い格好とは不釣合いに左腕にロレックスが光っている。

「今日はこれで終わりでいいからさ、新人歓迎会付き合えよ」

高瀬は続けた。どうやら自分の歓迎会が開催されることになったようだ。

連れて行かれたのは恵比寿のクラブのような場所だった。会話をするのも困難な程うるさくて、白石はげんなりした。

高瀬は乾杯もそこそこにIQOSをふかし終始退屈そうにしておりこれは何の会なのか分からず心労が募った。

「白石、もうすぐスペシャルゲスト来るから」

「え、誰ですか」

白石は心底疲れ切っていたが、高瀬を怒らせないよう気力を振り絞って返事をした。現れたのは金髪ショートで不機嫌そうな女。

「誰~?」

「ん、期待の新人。白石」

「かっこいいね~、大学生?」

「え、あ、どうも、ありがとう、ございます。」

白石は豊かな胸元を露にした美しい女から話掛けられていることに動揺した。

この女を思い通りに出来たらどれだけいいだろうかと胸が高鳴った。

「いくつですか?」

「ハタチ」

「え、タメじゃん。よろしく~笑」

自分より遥かに落ち着いている彼女に畏敬の念を感じながら、白石はグラスを傾けた。

「名前も聞かないんだ」

女は眉を潜めて微笑みを湛えている。瞳に吸い込まれそうになる。

「え、ああごめん。名前は?」

「え、そのまますぎる笑。ミチです。乾杯する?」

「もちろん。」

二つのグラスがぶつかり心地よい音を立てる。涙が出そうになった。

「じゃあ俺らはここで」

会計を済ますと高瀬と亀山は消えていった。白石は2人の計らいに深く感謝し、あの人達の為に頑張ろうとあっさり心に決めた。

「次どうする??」

ふらつきながら腕を絡めてくるミチに白石は興奮した。頭脳をフル回転させ即座に視界に入ったカラオケボックスを提案した。

「狭笑」

ミチは笑いながらソファに腰掛けた。ホットパンツからはみ出した彼女の白い脚が白石に密着した。

「楽しいね笑」

「そうだね」

いつの間にか二人は見つめあい、顔を近づけていた。ミチは目を閉じた。

「レモンサワーとファジーネーブルでーす!」

扉がノックされ店員がドリンクを並べる。異様に長く感じ白石は苛ついた。退出する店員を凝視し扉が閉まった瞬間ふたりはキスをした。

翌日
「はい、お客様のお支払いが確認出来ませんので、本日お電話させて頂きました…」

事務所に入ると亀山が以前と同じように電話をかけている。見た目とは裏腹に誠実な態度で天井を見つめながら喋り続ける。

程なくして高瀬が現れた。

「とりあえずこれリストね。トーク考えてお金稼いでこうぜ。」

「稼ぐって振り込んでもらうとかそういうことですか?」

「そうだね」

「それって法には触れないんですかね」

瞬時に高瀬の表情が変わる。

「お前何回も同じこと言わせんなよ。身分証コピー持ってるの分かってるよな。お前の情報をもうケツモチに全て伝えてあるし、もう引き返せねえぞ。人生諦めが肝心って言うよな?心配すんなって。大金稼がしてやるからさ。次妙な質問したらシメるから覚えとけよ。」

白石は静かに頷いた。

「分かったら良いわ。簡単なやつから教えてくから。俺たちはお代わりって言ってるんだけど、一度騙された奴ってのは二回目も簡単に騙されるのね。今からそいつに営業かけるから横で聞いといて。その次から一人でやってもらうから。」

「了解です。」

白石は怒りと悲しみで疲労しでぼんやりしていたが精一杯誠実に返事をした。高瀬は既に携帯を耳に当てている。

「あ、突然のお電話申し訳ございません。お電話口は白岡一郎様で宜しかったでしょうか。」

「…実は、未清算金が御座いまして今回その後連絡となります。」

「…はい、今から一年前の●月●日に初回登録された後、現在まで一度も費用支払がされておりませんで、12か月分の基本料金+使用歩率料金+オプション料金計23万円となります。」

「…と言われましても弊社は利用登録が完了し清算が完了していないお客様全てにこのお電話をしておりまして、支払えないと言われると私が困ってしまうのですが、」

「…ご説明をありがとうございます。加えての連絡で恐縮ですが本日お支払いがいただけない場合は法的な解決に移行せざるを得ませんことご了承のほどお願いいたします。」

「…そうですね。民事訴訟となりますので訴状がご自宅に送付される運びとなります。調停から開始され最終的に敗訴が確定しますとそれまでの超過料金及び裁判費用全額のお支払義務が発生するかと思います。」

「…誠に申し訳ないのですが、会社方針の為私の一存で決定を変更することは出来ません。」

「…ご理解くださりありがとうございます。今から申し上げます口座情報を書き留めて頂き、至急振込手続きをいただけますでしょうか。御請求書面は後日郵送させていただきます。」

「…はい。相違ございません。本日はお忙しいところご確認をありがとうございました。」

「こんな感じ。今回はたまたま上手くいったけど100回に1回くらいだと思っといて。一番大事なのは冷静でいること。ロジックで詰められると負けるからとにかく落ち着いて相手に不信感を持たれないように対応することを意識しろ。」

白石は高瀬が真っ当なビジネスマンに見え驚いた。同時に自分に出来るか不安が激しく高まった。

数か月キャバクラでボーイをしたのが唯一の社会経験でそれすら上手くいかず毎日怒られてばかりだったからだ。

「じゃあこれリスト。今日最低50件は電話して結果報告してな。」

「50?もう少し減らしてもらうこと出来ないですか」

「あのさ、月100万稼げる仕事がそんなに楽な訳なねーよな?無理なら給料減らすだけだ。」

法律を破るリスクを既に取っているだろ、と咽喉まで言葉が出かけたがこれ以上関係を悪化させることは出来ないと思い従った。

デスクにはPCと携帯電話だけがある。電話するにしても相手を騙す方法が分からないので先にそちらを考える必要があった。

周りに相談出来る人間はいないので思考を巡らし趣味レーションを繰り返した。資産があり思考力がない老人に狙いを定め、電話を掛ける。

「…この通話は録音されています…」

自動音声が流れる。白石は大きく息を吐き出し次に備えた。

「はい?どなたですか?」

「あ、私警察署のものですが、平原さんのお宅で宜しいでしょうか。」

「はい。」

「ありがとうございます。今回注意喚起のご連絡となります。最近大型の特殊詐欺グループを検挙しまして、大きく報道もされていたと思うのですがご存じでしょうか。」

「はあ、聞いたような聞いていないような。」

「なるほど。実はですね、その詐欺グループから押収した物証の中から顧客リストとが確認されまして、平原さんの情報が含まれておりました。」

「え、本当ですか。」

「はい。平原さんの資産をお守りする為、可能であればクレジットカードをお預かりさせて頂きたいと思います。もちろん無理にとは申し上げませんがいかがされますでしょうか。」

「それは心配だから預かってもらった方がいいかもな。」

「承知しました。金融庁の担当者がすぐにお伺いしますのでそのままご自宅でお待ちいただけますでしょうか。」

「ありがとうございます。お待ちしております。」

吹き出す汗で上着がびっしょり濡れている。もう戻れなくなった。自分が犯罪者になるなんて、つくづくどうしようもない人間だなと鼻で笑った。

極度の緊張でどっと疲労が押し寄せたがなんとかこっちは仕上がった。白石は安堵すると並行して採用活動を進めていた受け子へ連絡を取った。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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