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【本の感想】『珈琲の世界史』

【都市カルチャーを生むサードプレイスの陰にコーヒーあり】

「珈琲の世界史」は、コーヒーを中心とした世界通史を解説した本であり、コーヒーの起源や、いかにコーヒーが世界に伝播し産業の礎となったか、さらにスペシャルティコーヒー・サードウェーブコーヒーなど現代のコーヒー事情などがこの一冊で概ね分かるようになっており、筆者曰く「コーヒーの歴史を知れば美味しさが変わる」とのことである。

本書で私が注目したのは、主題のコーヒーそのものではなく、コーヒーを添え物として、かつてのロンドンの都市カルチャーを育む場となった「コーヒーハウス」という存在である。

現在のカフェの起源でもある「コーヒーハウス」は、16世紀に中東で生まれ、その後、コーヒーが17世紀のヨーロッパに伝わるとともに、コーヒーを楽しむ専門店として広がっていったとのことである。

特に、17世紀半ばのイギリスのロンドンにおいては、アルコールを提供する酒場や宿屋に変わって、コーヒーを提供するコーヒーハウスが大いに流行したということである。

当時のイギリスは、1649年に起きた清教徒革命により「市民社会」の萌芽期を迎えており、貴族階級ではない一般市民が政治談義や世間話をする社交の場が求められおり、飲めば覚醒作用があるコーヒーは、人と人とが議論をする場の飲み物としてはうってつけであったとのことである。

そのため、当時のコーヒーハウスは、多くのロンドン市民が、コーヒーを飲みながら、熱い政治議論を交わし、ときには政党集会の場となるのみならず、株取引等の商談の場や新聞などマスコミの情報収拾元、さらには文学者の活動拠点にもなるなど、ロンドンの政治・経済・ジャーナリズム・文学といった都市カルチャーを発展させる場になったということである。

残念ながら、その後のロンドンのコーヒーハウスは、イギリスが紅茶を売り込む方針に転換したことで、紅茶消費量の増加に伴うコーヒー消費量の落ち込みとともに18世紀には廃れていったということである。

しかし、ノンアルコールで真面目に人と議論する社交場として、いわゆる現代にいうところの「サードプレイス」のようなものが、かつてのロンドンに存在し、それが都市カルチャーを作る原動力となっていたということは大きな驚きである。

そして、コーヒーハウスでコーヒーを片手に政治談義をしていたかつてのロンドン市民と、家でスマホを片手にSNSで日常のいいねをシェアする現代人(私もその一人です)とは、とてもかけ離れた存在のように思えるが、SNSでの交流や、オンラインサロンなどが隆盛の昨今、人と社交する場としての「サードプレイス」を求める気持ちは、いつの世も人は変わらず持っているようである。

例えば、最近SNSで話題の「Clubhouse」というアプリサービスは、招待制の会員限定のオーディオアプリであり、アプリ内のヴァーチャルルームの中に入れば、サービスを利用する会員同士の議論や著名人のパネルディスカッションの聴講が可能になるということである。

これはまさしく、かつて入場料1ペニーを払って入場してしまえば、中で交わされる様々な会話に参加が可能な「ペニー・ユニバーシティ」とも言われることがあった「コーヒーハウス」と全く同じ原理だと思う。

もはや、「コーヒー」がなくても、「コーヒーハウス」に代わる「社交の場」に人はいつでも参加できる時代になってしまったのかもしれない。

話は変わるが、私は、コーヒーが好きで、自分で美味しいコーヒーを淹れてみたいと思い、コーヒー豆を挽く器具などを一式揃えて、時折、自宅で豆から挽いてコーヒーを飲んでいる。そして、コロナ渦前には、リアルイベントなどで、それこそ社交の添え物として、人に振る舞うこともやっていた。

もし、コロナ渦が明けて、リアルイベントができるようになったあかつきには、私は、ふたたびイベントでコーヒーを振る舞いたいと思う。コーヒー好きとしては、ロンドンの都市カルチャーを作ったかつてのコーヒーハウスへの憧れを抱きつつ、自分もそんなサードプレイスを作りたいと密かに願っている。

その時は、かつてロンドンのコーヒーハウスで議論していたロンドン市民たちの歴史へのリスペクトを込めて、以前よりももっと美味しいコーヒーを淹れることが出来るような気がする。

#PS2021

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