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椿の花の人

仕事がお盆休みに入った。
と言っても世の中のいわゆるお盆休みよりはたぶん短くて、来週火曜まで。

わたしは東京の生まれ育ちで、父も母も東京出身だったため、お盆に帰省するということをしたことがない。
っていうかたぶん「帰省する」自体したことがないんだな。
ちょっと電車に乗っておばあちゃんの家に行く、そして帰ってくる、くらいなもので、新幹線に乗ってとか飛行機に乗ってとか、おおがかりな帰省とは無縁に生きてきた。

だからちょっと憧れがあります。
帰省、情緒があるなと思う。

今年のお盆は特に旅行の予定もなく、ヴァイオリンの練習をしたり、友だちとごはんを食べに行ったりしてのんびり過ごす予定。

で、お盆の次の週末に、母と娘と軽井沢に行ってきます。避暑、とにかく、避暑。それしか望みはない。

・・・

ここ数日の日記的なもの。

8月某日   ずぶぬれになる

朝、いつもの出勤の電車に乗り込んだら、車両の奥のほうに同僚のかたの姿があった。
しゃなりと足を組み、すごく遠い目をして「ツヴァイ」の広告を見ている。

一瞬、どうしようかと迷ったが、近寄って声をかけた。

「おはようございます」

言っても気がつかない。
顔の目の前で手を振ると、ハッと現世にもどってきた様子で居ずまいを正し、「おはようございます」とおっしゃる。

「どうされましたか、なんか、結婚の広告を遠い目をして見ておられましたけど」

と、遠慮なく尋ねると、

「いや、最近広告の文字が見づらくなったな…と思ってたんです」

ツヴァイの広告をなんらかの思いを持って見ていたわけではなかった様子。よかった。いや、よかったのか?
いちおう「結婚したいな…と思って遠い目になっていたのかと思いました」と遠慮なくお伝えしておく。

そして、その後いっしょに職場に向かって駅から歩いていたら、いきなり天候が風雲急を告げ、どしゃ降りの雨。
雨やどりしてもよかったのだが、あと5分で職場に着くくらいの位置だったのと、雨やどりできる丁度いい場所も見当たらなかったのとでそのまま歩き続けた。

今日は急な雨に注意と天気予報でも言っていたのに、なぜ傘を持って来なかったのだ??自分の頬を巨大なはてなマークでビンタしたい気持ち。
せめてなにか雨避けになるものはないか…とかばんを探ると、岡本くん(ジャイアンツ)の顔がドーンとプリントされたうちわがあった。岡本くん、すみません。うちわを顔の前にかざして、せめて化粧を守りながら(身体はずぶぬれ)歩く。

横を歩く同僚の方もめちゃめちゃにずぶぬれなのだが、とくになにかで身を守るでもなく、なんだか平然と歩いている。

「甲子園も始まりましたねぇ」

だって。

ずぶ濡れなのに、平然と高校野球の話題。
すごい。武士は食わねど高楊枝、みたいな。
その平然さを見習いたい。
ずぶ濡れなんのそのだ。


8月某日

ムロヤマさんとごはんを食べた。

三年ぶりだが、あぁ白髪が増えたなと思う程度の変化しかなく、ムロヤマさんは相変わらずだった。

今回はわたしの国家試験合格のお祝いという名目だったので、ちょっといいレストランを予約してご馳走してくれたのだが、こちらの胃のコンディションがなにしろ最悪。
夏バテのバテであり、しかもこの日はなんだが胃が痛かった。

アメリカ育ちのムロヤマさんはとにかくレディーファーストの人であり、こちらがなにもしなくてもスマートに注文をすませ、お皿に料理をとりわけ、さぁさぁ食べなさいと振舞ってくれる。
だが、小鳥がエサをついばむくらいの量しか食べられない。鮮魚のカルパッチョも、ステーキも、ナイフとフォークでちょっと切って口に運ぶものの、食べきれない。目で味わうのみ。申し訳ない。

ただ、ムロヤマさんとはもう長い付き合いなので、わたしがめちゃめちゃ食べられない日があることも承知していてまったく気にしない。
ひとりでビールを飲み、たのしく食べている。
むしろわたしの「ぜんぜん食べない」という事象を面白く思っている節もあり、「いつかあなたがたくさん食べるところを見てみたいものだよね」とカラカラと笑っている。

食べられた量はごくわずかだったが、話は積もっており、レストランと喫茶店をはしごしてなんだかんだと三時間くらい話していた。

弁護の仕事をするムロヤマさんが新しく担当することになった人の話が印象深かった。
それはわたしも見聞きしていたわりと大きな事件を起こしてしまった方なのだが、優しくて、物静かで、話してるとそんな事件起こすような人ではないんだよ、とムロヤマさん。
つーさんも同じだ。
とても重大な事件を起こすような人には思えない。気遣いがあり、お花が大好きで、話していてもごく普通の気立ての良い人だ。
でもなにか限界の状況下におかれたとき、普通では考えられない選択肢があらわれ、その選択肢を実行に移してしまう。それが犯罪行為になる。

その「普通では考えられない選択肢があらわれる」「しかもそれを実行してしまう」のって、その人だけのせいではなくて、幼い頃から育ってきた環境だったり、社会での対人関係の経験に育てられた認知によるものが大きいんじゃないかなと、わたしは感じる。
だから、その人が悪い、だけではすませられず、そうではないなにかがわたしには大きく思えて、そして他人ごとではないとも思えて、そんなこんなでつーさんの身元を引き受けることにもなったのだった。

「椿の花がとても好きらしいんだよね」

とムロヤマさんが呟いていたことがなぜだかとても胸に残り、翌日の朝になっても忘れられない。
なにか綺麗なお花の本でも差し入れたいなと思った。
検索してみたら、洋種の椿の写真集で素敵なのを見つけた。

「昨日話していた椿が好きな方に、本を差し入れてもらえますか?」

とムロヤマさんにLINEを送る。
きっと喜ぶよと返事が来る。

こういうのって本当に、答えは出ない。
でも、胸に残った思いのようなものは忘れないようにしておきたい。

8月某日

一生ぶんの汗をかいた。

朝、出勤の徒歩15分であまりの暑さで汗だく。
午後、仕事でダンスをするプログラムがあり、汗だく。
夕方から神宮球場へ。ライト側の外野席は日が沈むまで太陽の熱にさらされ、死ぬほどの汗だく。

試合は、カープを相手に13得点。
こんなに点を取る試合なんて見たことあったかな?という猛攻であった。
でも、朝から汗だくが続いた疲れと、周りに座っていた熱狂的ガチファンのおばさま達の応援の大声にさらされた疲れとで、もうへとへとになってしまった。

7回裏が終わったところで娘と「もういい、帰ろう」という話になり、帰途についた。

思ったこと。

ダンスをしてから野球を観に行くのはやめよう。
真夏の外野スタンド応援はやめよう。
次はやっぱりパノラマルーフ席でまったりと観戦しよう。

5回裏の花火はとても綺麗だった。カメラを向けることはせず、目に焼きつけた。

帰宅後、シャワーを浴びてばったりと寝る。
10時間くらい寝た。一生ぶん寝た気がする。

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