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「春、三月」と初恋の人

「春、三月」

「爽やかな風と」

「桜の花咲く暖かな季節」

「わたしたちは」

全員「わたしたちは」

「いま、卒業します!」

全員「卒業します!」

……これは、わたしの小学校の卒業式の卒業生一同の掛け声(というのだろうか、なんなんだろうか、あれですよ)の冒頭部分である。いまでも忘れられない。

(コロナ禍になって、もう「あれ」はやってないのでしょうね。)

春になると、小学校の卒業式なんてもう30年近くたっているというのに、あの時の体育館の雰囲気とか、緊張したようなくすぐったいような気持ちとか、体育館の床の感触などを思い出すのである。

最初のひとりめの発声が、

「春、三月!」

だった。

シーンと張り詰めた体育館に、響き渡る声。
そんな大役を負った子はさぞ緊張したであろう。誰だったか今はもう覚えていないが、その男の子は、たいそう張りのある声で「春、三月!」と決然と声をあげていた。
胸に来る、立派な声だった。

その時代にはまだ珍しかった中学受験をして(いまや都内の小6の中学受験率は4割5割に近いと言いますが、当時はクラスに2~3人でした)、クラスメイトたちとは別の私立の中高一貫の女子校へ進学することになっていた私にとっては、卒業式は他の子たちよりもすこし特別な思いがあった。
その頃好きだった椿くんともお別れだ。椿くん、クラスで一番、学年で一番足の速い男の子だった。小3くらいからずっと好きだった初恋の人だけど、ただ好きなだけだった(小学生なんだからもちろんだ)。

お別れなのだが、まだ子供だった私にはそれが本当に最後のお別れになるなんて本当には分かってなかったのかもしれない。
学校が別れてしまえば、たとえ同じ地域に住んでいたってもう会う機会なんて(ほぼ)ないのだ。でも、その「毎日会ってたクラスメイトとも、卒業したらもうきっぱり会わなくなる」という感覚が小6のわたしにはまだなかったろう。のんきに、卒業式のあとで「写ルンです」で椿くんの写真をこそっと隠し撮りしてにんまりしたりしてた。

卒業式って、あの頃はたいていの女子は紺やグレーを基調としたジャケットとスカートで出席していたが、わたしは、何故か母が「せっかくだから春らしい色にしましょう」と言って、わざわざ渋谷のデパートへ行って、パステルグリーンの素敵なワンピースを買ってくれた。

それはとても春らしく、一度しか着ないなんてもったいないような美しく爽やかなグリーンのワンピースで、心がうきうきとした。誰かの結婚式などあれば着られたかもしれないが、とうとうその機会はなく、本当に卒業式にしか着なかった。
紺色やグレーの服の多い同級生の中で、そんな服を着たわたしは一人だけなんだかちょっと浮いていて、でもまぁ綺麗な色なので嬉しかったことを覚えている。写真の中でも、まぁまぁ嬉しそうである。
パステルグリーンのワンピース。

春、三月。

三月になるといつもいつも、なんだか思い出して呟いてしまう。

春、三月。

大人になって一度だけ、小6のときのクラスのの同窓会があった。30歳くらいの時だったかな。
担任の先生も来ていたし、大抵のクラスメイトが揃っていたと思う。

椿くんは来るだろうか。

ちょっとドキドキしていた。
でもその席に椿くんは来なかった。唯一、来ていなかった。理系の大学に行ったらしいとか、なんだかまことしやかな噂だけは聞いたけど、その後を知る人は誰もいないみたいだった。

クラスメイトはみんななんだかおじさんおばさんになりかけていて、カッコよかった男の子もチャラい残念な感じになってしまっていたりして(ありがち)、それなりに面白くもあり、また、あーあ、と思ったりした。

椿くん、会えなくて残念だったけど、会えなくてよかったのかなとも、すこし思う。

人生はさよなら三角また来て四角なのだ。

・・・

ぜんぜん話違いますけど。

これがすんごく美味しいのです。

にんじん100%

お友達のTwitterで紹介していて、おおっ?と思い、即座にAmazonで注文した。
本当ににんじん100%なんである。
なのに、あま~くて、なんだか焼き芋みたいな味がする。
わたしはとても美味しいと感じる(人によるのかもしれない)。
毎日飲んでいます。

あと、また話変わるけど。

往年の……!

今年のヤクルトのファンクラブ(crew会員)ユニフォームが届いた。
往年の、ノムさんを思い出すブルー!
懐かしいですね。良いです。90年代を思い出します。

そうか、野球がもう始まるのか。
春三月だもんな。と、思う。

と、思い、オープン戦(ヤクルトVSオリックス)と、あとなんとゴールデンウィークのチケットがもう買えることを知ったので(ファンクラブ会員先行です)、5月のGWチケットまで買ってしまった。速攻だ。

5月はまたあの、大好きなパノラマルーフ席。

野球のチケットを買うってのは、なんていうか、その日まで生きてなきゃなって思うことでもある。
大げさですかね、
大げさ。でも、そうなのよね。
何ヶ月か後に神宮球場に行って野球を見ることが、いまのわたしをほんのすこし支えてくれるんだ。