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君は覚えていなくたっていいから

私は毎日毎日、君がなんで泣いているのかわからない。母乳が足りていないのかしらとミルクを足すと、苦しそうに吐いたり、おむつを変えても、着替えをさせても、部屋の温度を変えても、除湿機をつけても、泣き止まなかったり。おまけに、毎晩3時間おきの授乳。君は目を瞑って必死に頭を左右に振って乳首を探すから、私はその頭を押さえつけて咥えさせようとするけれど、小さい口ではなかなかそれが難しくて、やっと咥えた頃には疲れきって寝てしまう。何度も頭を撫でて起こしては、君は一生懸命に飲もうとするのだけれど、ミルクが口から溢れてしまったり、咳き込んで吐いてしまったりして、上手に飲めない。片方のお乳を吸ったらもうお腹いっぱいで、私のもう片方のお乳は岩のように固くなってしまう。疲れた君をお布団に寝かせようとすると、胃にいっぱい入ったミルクが戻ってきてしまって、苦しくて、泣いて、また吐いて。しばらく抱っこして、また寝かせてみるけれど、やっぱり泣く。今度は何が嫌で泣いているのかしら。気がつくと、授乳を始めてから2時間近く経っていて、次の授乳までもうあと1時間しかないや。

しんどかった。寝られない、神経張り詰めたこの生活が、いつまで続くんだろうって、先が見えなかった。「3、4ヶ月くらいからは、だいぶ楽になるよ」という言葉を、全く信じられなかった。泣き叫ぶ君と一緒に、何度も何度も泣いた。声を出して、たくさん泣いた。

そんな産後のメンタルがズタボロになっていたときに、出逢った記事に支えられた。それをここでご紹介。

深夜の授乳の合間に、声を殺して、鼻水をティッシュで抑えながら、目に涙をいっぱい溜めて読んだ。

そう。子どもを持つと、お金がかかる。自分の時間は無くなるし、化粧やおしゃれなんて考えられない。体型も崩れるばかり。子どもを持つメリットなんて、そう。無いのだ。

でも…メリットなんてこれっぽちも考えなくなるほどに、君は尊い。君が生きているというそれだけで、私は幸せいっぱいなのだ。

だから、君は覚えていなくていいから。

私が毎日毎日、何度も何度も授乳をしたこと。哺乳瓶でミルクも作ってあげたこと。でも苦しくて、たくさん吐いちゃったこと。君は覚えていなくたっていいんだよ。私が何度も何度もおむつを変えてあげたこと。着替えをさせてあげたこと。君のために、部屋の温度を変えたり、毎日お洗濯をしてあげたこと。時間なんて関係なく、何度も何度も、君を抱っこしてあげたこと。君は忘れてしまっていいんだよ。

…なんて嘘で、本当は全部全部、覚えていてほしい。どうか、何もかも全部覚えていてよ。君が私の背をすっかり抜いて、大きく逞しくなったら、どこか昔の旦那さんの面影がある君と、「あのとき大変だったよね」「あのとき俺たち頑張ったよね」って話したい。君が「あのとき母さんめちゃくちゃ泣いてたけど、俺まだ言葉喋れなくてさ〜、すげぇ困ったわ」「あのとき実は腹痛かったんだよなぁ」って、笑って言ってくれる日は来ないなんて、報われないなぁ。

君は何ヶ月もお腹の中で、私と一緒にたくさんお散歩したじゃない。鳥の声や、川の流れる音が、君にもちゃんと聞こえていたでしょう?君が初めて笑ったから、私が泣いてしまったとき、君はケロッとした顔で、不思議そうに私の顔を見ていたじゃない。抱っこ紐の中で、私にぴったりくっついて、スーパーの電気を眩しそうに見ていたじゃない。オムツ替えの最中にうんちが出て、一緒に笑ったじゃない。私のお腹の上でなら、よく眠れたじゃない。小さい手で、私の指をぎゅっと握って、私の歌を嬉しそうに聴いていたじゃない。朝は毎日、一番最初にたくさんお話ししたじゃない。どうしてずっと一緒にいて、こんなにも愛しくて幸せな時間なのに、君は全部忘れてしまうの。顔を真っ赤にして、大粒の涙を流して、むせるまで泣いていた君を、私が何度も何度も抱いてあげたこと、君は忘れてしまうんだね。

それは仕方のないことだから、やっぱり君は覚えていなくたっていいんだよ。今のこと、全部忘れてしまってもいいんだよ。でも、その空いたスペースに、優しさをたくさん詰め込んで。他のものが何も入らないくらいにぎゅーっと、たくさんたくさん、優しさを詰め込んで。

君が忘れてしまう時間のことは、母さんが全部全部、覚えておくよ。君のどんな表情も、この目に焼き付けておくよ。君の声を、しっかり聞いておくよ。すべすべのほっぺの感触も、少ししっとりとした手のひらのことも、むちむちの腕や太もものことも、細くてふわふわの髪の毛のことも、柔らかい爪のことも、全部全部忘れないよ。

だから、君は忘れてしまったって、大丈夫。

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