あつい

誰かの真似をしながら、何かを書いているような気がする。真似をしないようにすればするほど、真似に近づいていく。それっぽい文章になって、それだけのことで、終わる。終わる。何もかも終わるし、何も終わってはいないんだとも思う。

蒸し暑い夜。過ごしやすいとはいいがたい。部屋の中が、外よりも暑くなる季節。部屋の中にいると、息ができなくなる。部屋の向かいには、木が生い茂る公園と団地があって、そこにはやぶ蚊が大量にいるので、どうせ外に出たって、息なんか吸えやしない。口の中が、やぶ蚊だらけになってしまう。中にいても外にいても、大差ない。電気代がかかるかどうかの違い。蚊まみれになるか、ならないかの違い。蚊にまみれるのは嫌だから、僕はこうやって電気代を払って、部屋の中にいる。部屋の中にいても、外から虫は入ってくるが、まみれるかまみれないかの違いは大きい。

扇風機を一方向に固定して、とりあえず風量は弱にしておく。三時間タイマーをセットしたので、朝方、涼しくなるころには、扇風機も切れる。三年前、この牢獄みたいに狭い部屋に引っ越してきたとき、隣町のディスカウントストアまで、30分かけて歩いて買いに行った1000円ちょっとの扇風機が、部屋の空気を少し軽くしてくれる。

八月の頭、引っ越してきて二日目くらいだったと思う。実家から担いで持ってきた、卓上に毛の生えたような小さな扇風機では、築40年弱のアパートの通気性に太刀打ちできなかった。僕は部屋の暑さに我慢できず、ネットで安い扇風機を探し始め、近所のスーパーに置いてある扇風機を見た。どれも少し高いと思った。今のままではどうにもならないから、安い店を探して、探して、真夏の真昼間に、歩いて扇風機を買いに行った。ついでにその店で、ドライヤーも買った。扇風機とドライヤーで、合わせて、2000円くらいだったと思う。扇風機もドライヤ―も、三年経っても、現役で頑張ってくれている。

僕はどうせあんな小さな扇風機が何の役にも立ちはしないとわかっていながら、それを一生懸命担いで引っ越した(実家では、何の役にも立たないので、何年も、それこそ10年くらい、放置されていたのをわざわざ引っ張りだしてきた)。馬鹿みたいだ。小さいといったって、どう考えても一キロ以上ある何の役にも立たない扇風機を、他の荷物と一緒に僕は担いだんだ。思い出すだけで情けなくなる。母は、僕がいまだに、あの小さい扇風機を使い続けていると思っている。かわいそうに。かわいそうで、かわいそうで、仕方ない。母も、僕も。

そもそも部屋にエアコンが付いているんだから、別に扇風機はなくても、どうにかできたのかもしれない。エアコンと扇風機を同時に使うのが、実家の夏の過ごし方で、僕も何となく、扇風機もなくちゃだめだと思っていた。それに電気代を節約するために、エアコンはなるべく使いたくなかった。

母の日が来るので、そろそろ花を実家に送らなければいけない。