アパート、あの子

スマートフォンのバイブ音で目を覚ました。夏の日差しをまともに浴びながら何のあてもなく外を三時間歩き、へとへとになって家に帰って来た。それから二時間くらい布団の上で寝ていた。僕は自分が寝ていたことに、スマートフォンが鳴って気が付いた。
「寝てた?」と電話口にあの子の声がした。
「寝てた」
「OK、ごはん行こ」
「うん」

僕は電話を切って、トイレに行く。尿が心なしかいつもより黄色い気がしたし、アンモニア臭がきついような気がした。疲れたんだろうか。大丈夫だろうとは思いつつ、あの子が来る前ににおいが消えるか少し心配になる。部屋の外から、鉄の塊を地面に叩きつけたみたいなドアを閉める音がすると、鍵を閉める音が聞こえ、あの子がけんけんの要領で、片足ずつサンダルを履きながら、廊下を歩いてくる音が聞こえた。

僕はトイレを出てドアの鍵だけ開け、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、また布団の方に戻った。狭い部屋に住んでいると、独居房か蟻の巣穴にでも住んでいる気分になるときもあるけど、それでも布団もトイレも冷蔵庫も玄関も数歩でカバーできるのはかなりの利点に思える。

何の断りもなしに、あの子が僕の部屋のドアを開ける。彼女は、「何でエアコンつけてないの」とかぶつぶつ言いながら、机の上に放り出されているリモコンを手に取り、除湿のスイッチを入れる。僕はいつも除湿30度でしか夏のエアコンは使わないし、それを彼女はしぶしぶ受け入れている。