猪木を探しに

 突然ですが、本好きの人間嫌いってのは別に変わったことじゃないと思うのです。
ええ、御多分に洩れず、私もそう言った種族に属してます。

「人間嫌い」と言っても、家族や数少ない気心しれた人達と関わるのは好きです。
だけど、別の価値観にさらされたり、その中で平均値を見出したり、角が立たないようにやり過ごそうとする時、頭がぐるぐるまわって、他人の気持ちを深読みしてしまいます。


そんな日はとても疲れて、そんな自分が嫌いです。

本が好き、他人は苦手。
そう思って、本の森に遊ぶ人生に悔いはありません。

ただ、でも、本は私が思うような卑小な存在ではありませんでした。本は、私を飛翔させる魔法を持っていたのです。本の成せる魔法が私に囁いてきたのです。

逃げるんじゃない、と。

私は、他人から嫌われるのが怖いから、みんなに好かれないと怖いから、ずっと人の顔色を見て過ごしてきました。

でも、人の顔色を見て、みんなから好かれようとすると、無意識レベルで見透かされるんですよね。なめられる。馬鹿にされる。みくだされる。私としては全方位外交を続けているのに上手く行かず、瑣末なことで不安になる、怯え続ける。

ずっとずっと怖くて、私はおびえていました。スピリチュアルに傾倒し、予兆に怯え、人の心を深読みしていました。

でも何かがおかしいのだけれど、どうしたらいいかわからない、わからないことがわからない、そんな日々を暗中模索するなか、この本を読みました。

この本の中の、著者と共に普段会話し、過ごす人々の思いぐせに触れた時、そのいびつさが深く胸を打ちました。

ネガティブな考えって自分の体から円筒が突き出てるみたくいびつで、周りの人がその人のネガティブな思いを「違う」って証明するのはとても難しいんだなと思いました。

じゃあ、私のネガティブはどうなってんのと振り返った時、やっぱりとてもいびつで、家族を束縛し、許さず、根拠のない疑いでがんじがらめにしているなと、思ったのです。

治したいと、直りたいと強く思ったのをきっかけに、たくさん本を読みました。認知行動療法やスキーマ療法について伊藤絵美先生の本を読んだり、愛着障害について岡田尊司先生の本を読んだりしました。

理論的でありながら愛のようであり、クライアントさん達の生々しいエピソードはなぜか自分の傷を見てるようであり癒され、それらの本が前進させてくれました。

浮き沈みしながら、自分が少しずつわかって落ち着いてくる感じもあって、穏やかになってきた時、自分の頭の中のおしゃべりが少なくなってきて、人の声がちゃんと聞こえるようになってきたのですね。あ、人って私に話してるんだなあって思って、人の話を聞くのが楽しくなってきました。話している人の背中の後ろに話したい心の塊があって、それをうまく吐かせるゲームをしているような感覚があって、楽しいのです。全然上手くできないけど。人と対話ができるように今修行中です。

それで、そんな日々の中、オードリーの若林さんが、下の本でネガティブだった女性観が変わった時の話をしてて

女性作家さん達と飲み会でお話ししてて、何か変わったんだみたいな話で、そこで西加奈子さんのお名前が出てきて俄然興味が湧いてですね、今度は下の本を読みました。

私がこの本から得たものはとても多いです。私は何?の答えを指し示してくれました。もう何もすがりたくないし、もう一人で立てるようになりたいし、もう二度とブレたくない。見失っていたものを見つけることができました。私はここにいると分かったときすごく心が穏やかになりました。

顔色伺ってきた全ての人々は、乱暴に言ってしまえば、私にとってモブキャラなのだから、全然無視してオッケーで、5年後会うことも思い出すこともない人々なんだって、分かったのです。

嫌われてもいいし、目をそらさなくてもいい。それでいいって、嫌われたって関係ないって思わなきゃ私が思ってる幸せはないんだって気がついたのです。

逃げるんじゃないって、私は私を叱咤しています。

私は私の心にいつも聞きます。

なぜか、アントニオ猪木の声で

「ブレてますかー!?」

と問うと心は

「ブレてますよー!」

と、答えます。
心の中の猪木は「疲れてますかー?」「不安ですかー?」「腹立ってますかー?」と聞きます。
いつも心の中の猪木は爽やかに聞いてくるので、私も、「疲れてますよー!」「不安ですよー!」「腹立ってますよー!」と答えるのです。
止むことのないコールアンドレスポンス。私は問われて問い返し、私の心を知るのです。ブレてるなあとか、疲れてるなあと、知るほどに優しく丸くなる私の心に、私は私のありかを知るのです。

ブレたり、疲れにしずんだり、不安に揺れる、言葉を持たない、私がここにいる。言葉が通じない優しい弱い塊みたいな何かの移ろいに優しくしてあげる。何かが絶えず変容する、その彩りに、その動きに、名前をつけてあげる。私は私を見つけた。もう二度と離さない。ただいま心よ。

って、私はこんなふうに、心の安らぎにたどり着きました。もし今日、不安な人がいたら、心が見つかるから大丈夫だよと伝えたくて書きました。

また波波が来るみたく、落ち着かなくなるのかなとも思うんだけど、変わらない自信もないのだけど、いま心のまんなかが明かりがついたみたく暖かくて心が凪いで穏やかです。目指してた探してた灯台は今私の胸の中にあって、それがとても嬉しいです。

寂しくて不安で自信がなくて夜眠れない夜があってもどうか安らぎが見つかりますように。
眠れないあなたと、不安で怯えていた過去の私に時空を超えて、大丈夫だよ、辿り着けるよって電話できたらいいのだけれど。

思う気持ちが流れ星に乗れるかもわからないから相変わらずここで祈っているよ。
揺らがない安らぎがみつかりますように。あなたの猪木がみつかりますように。

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