裏バイト:逃亡禁止 公募10作品 リスナー審査

1:葬儀スタッフ
私は葬儀会社に勤務していたことがあり今回はその中で気になる遺族の話をしたいと思う。 遺族のお家の玄関の前に立つとフワッと腐敗臭が漂ってきた。 玄関先まで匂いがしているということはご遺体の状態が悪い証拠。 家に入ると50代くらいの女性が笑顔で対応してくれた。 話を伺うと今回亡くなったのはこちらの女性の旦那様だという。 「お葬式ってよく分からなくって…」 ととても楽しげに話をしていて、家の中からは子供達の拍手や笑い声が聞こえてくる。 家族の大黒柱が亡くなっているのにも関わらず奥様も子供達も悲しそうにしないのは不謹慎に思うかもしれない。 しかし、これは笑顔で故人を見送ってあげようとする遺族なりの気持ちの寄り添い方の1つなのだ。 今回はそのパターンだと思いあまり気にならなかった。 家の中に招かれたので廊下を歩いていくと、笑顔の奥様がとある部屋に向かって指を差す。 「じゃ、私はこれで〜♬」 そう声を掛けると部屋にも入らずに鼻唄混じりで奥様は台所の方へと消えていった。 あまりにも軽い反応に呆気を取られる。 しかし、気にしてられないので意を決して扉を開けると部屋の奥にベットがあるようでその上に黒い何かがある。 「ブーンッ」 ご遺体の匂いに引き寄せられてたくさんのハエが集まっていたのだ。 しかも、腐敗により肌が黒ずんでいて、男性か女性かも判断が難しいくらい顔と身体がパンパンに膨れ上がり、目・鼻・口からの体液でベットのシーツが汚れている。 このレベルになると生前のような自然な状態にすることは不可能になり、いかにこの状況を遺族に理解して頂き早めに火葬をするかになってくる。 もう一度奥様に来てもらい最悪の状況を説明をすると…、 「全然構いませんよ!」 とまたニコニコ笑顔で返される。 「家族の方では何もするつもりはないのでお任せします!」 がっかりされると思っていたのでこの返答に困惑する反面、この辺りからこの遺族に変な違和感を感じるようになった。 話し合いの結果、スタッフだけで棺に納めてなるべくご遺体の姿は見ないよう対応することとなった。 ご遺体と一緒に棺の中に入れたい物はないか聞いてみると、 「何もないので!」 とまさかの即答。 ここまでくるとあまり興味がないのではないか…。 打ち合わせ通りスタッフだけで棺の中に納めた。 全て終了したので帰り際に遺族に挨拶をしようと奥の部屋に向かう。 音楽を掛けたり楽器を鳴らしたりと相変わらず騒がしい。 声を掛けようとすると、 「良かったね。やっと死んだね」 …。 あの後暫くして分かった事がある。 どうやらこの家族は亡くなった旦那様から酷いDVを受けていたのだが、その後事故により旦那様が寝たきりの身体になってしまったのだとか。 ここからは推測になるのだが、寝たきりを利用して旦那様を放置することで犯罪にならない程度に少しずつ仕返しをしていたのかもしれない。 あの遺族の笑顔と賑やかさの裏には何かが隠れていたのだろうか。

2:洗濯スタッフ
バイト先、職務上洗濯物が大量に出るんですが、機械室の物干し場にクセがあり、使ってるとふとした拍子に掛けた物が一斉に全部下へ落ちちゃったりするんですよね。ベテランさんに教わった対処法は、作業前に一言「また遊んでやるから今はやめてな」と言う事です。問題無く普通に干せるようになります。
その積もりに積もった「また」が清算される日のことを、時々思い浮かべてしまいます。

3:ゴミ処理スタッフ
Kさんは、その日、お金に困って日雇いのアルバイトに応募した。  紹介されたのは、ゴミ処理施設の仕分け仕事。  着いた先、佇まいから劣悪な環境だと一目でわかる建物だった。着く直前、顔を顰めたくなる異臭が漂い、上空には何羽もカラスが舞っていた。  インターホンを鳴らす。今いきますと担当者を待っている間、脇に目を向けると山積みにされたゴミの塊が二つ。その床には、悪臭の元凶であろう触るのもおぞましい黒い汁が幾筋も流れていた。  担当者が案内してくれたのは、右から左へ流れるベルトコンベアの前だった。 五人、横一列になって流れてきたゴミから余分な物を取り除いて自分の横に置かれた箱に入れるのが業務だった。 Kさんは右から四番目で、ペットボトルを担当した。右三人は、ビニール、ガラス、鉄缶を除外している。最後のひとりはベテランで、他の四人が取り逃したゴミを一手に引き受けていた。  初夏の時季だが、冷房は効いていない。風を入れるために開け放たれた窓からカラスが数羽、侵入してきている。その真っ黒い鳥たちが、たまにベルトの上に乗る食べ残しの弁当から肉を拾い上げていくのだ。  時間が経ち、慣れない仕事と疲労で朦朧としてきた頃だった。  「うわっ!」  無意識に出した右手が掴んだのは、人の生首だった。Kさんは、その場にへたり込んだ。  すぐにベルトコンベアが停止されて、所員が駆け寄ってくる。  「な、生首がっ!」  震える手で指差すKさんに笑い声が浴びせられた。  「よく見ないさいよ。それ、マネキンよ?」  女性の従業員が、げらげらと笑いながらそれを手に取ってよこした。  「あ……本当だ。すみませんでした、大声なんか上げちゃって」  作業は再開された。  五人目が、マネキンの首を片手で掴み、横の箱に一瞥もせず乱暴に投げ入れた。  しばらくは、皆、無言で仕事に集中していた。  たまに現れるマネキンにも慣れてきた。観察すると様々なゴミがあり、大量に廃棄されるもので何が流行っているかを推測するくらいには、余裕が出てきていた。  ――ぐにっ!  そんな時、Kさんが掴んだのは、またマネキンだった。  違ったのは、自分の右手親指から伝わってくる頬骨の感触が、皮膚と肉のそれだった。  えっ、と驚いた瞬間、ぎょろりと動かないはずの目玉がふたつ、Kさんを睨みつけた。  「うわあっ!」  悲鳴を上げて飛び退いた。  「またぁ?」  「もう、しっかりしてくださいよ!」  右にいる従業員たちから、呆れた笑い声が飛んできた。  今度は、周りの人たちもわかっていて、ベルトコンベアは止まらなかった。  「いや、今のは……」  Kさんが弁明しようとした時だ。  五番目の人が、がしっとその生首を掴んで後ろに放り投げた。  (え……? 箱に入れないのか?) その瞬間、わっとカラスたちがその首に群がってついばみ始めた。  見間違いなんかではなく、絶対に生首だったと確信した。Kさんはその後、どれだけお金に困っても、ゴミ処理関係の仕事は引き受けなかったそうだ。

4:水族館スタッフ
水族館は好きですか? 静かな空間でゆったりと魚たちを眺め、水の音や色に癒される。そんなイメージを持つ方も多いかと思います。 私の学生時代の友人、K君はかつて、関東圏の某水族館に勤めていました。 しかし、彼と会う度に聞かされる話、それは飼育されている動物についてではなく館内で起こる心霊現象についてでした。 何でもその水族館で妙なことが起こる、というのはそこに務めるスタッフの間では常識のようでした。 誰もいない筈の部屋から名前を呼ばれた、バックヤードにいるはずのないお婆さんが物陰から顔だけだしてこっちを見ていた、などなど、そんなことが当たり前のように起こっていたそうです。 そんな彼に一番怖かったことは何か、と聞いてみると、「すごいのがある」といって語り始めました。 「秋の日は鶴瓶落とし」という通り、その日も閉園時間にはとっくに辺りは真っ暗。園の周りは森ばかりで、鳥か獣か分からないモノ達のけたたましい鳴き声がそこら中から聞こえます。 しかし生き物相手の仕事というのは厳しいもので、終業までに日付が変わることもザラ。 その日もK君は遅くまで館内に残り、バックヤードにある水槽の水換えをしていました。 最初にも言いましたが、皆さんは水族館というと静かで美しい水に囲まれた癒しの空間を想像するかと思います。 しかし、これがひとたび裏手のバックヤード、それも夜となると、とたんに不気味な空間に様変わり。昼間の静けさはそのままに、整備が行き届いていない蛍光灯が頼りなく点滅する中で塩と汚れに塗れた廊下を通って仕事をこなす必要があります。 K君、入社直後は怖がっていたそうですが流石に数年も経つと慣れが来るもので、その日の晩御飯の心配などしながら仕事をしていたそうです。 立ち並ぶ水槽に入った古い水を抜き、新しい水を入れる。単純作業を繰り返しながらふと一つの水槽に目をやると、中に詰まってたんです。   人が。 横幅60cm、奥行45cmの水槽の中に、全身がブクブクに膨らんだ人間が押し込められた様に詰まっているのです。肉の塊の様にも見えましたが、それには確かに目、鼻、口があり、彼をじっと見つめていたそうです。 K君は半狂乱になりながら持っていたポンプを放り出し事務所へ逃げ込みました。中では仲の良い先輩が一人、事務作業をしていました。 彼は事務所に飛び込んだ勢いのまま、先輩に今見たものの話をしたそうです。 すると先輩はニヤニヤしながらこう言いました。「あぁ〜たまにいるよそういうの。ほら、あそこって海から取ってきた生き物を入れてるだろ?海で死んだ人って、魚やら蟹やらに体中食われて悲惨な姿で見つかるっていうからさ、それが『乗ってきちゃう』んだよ。生き物に』 ところで、これを読んでいる皆さん。 昨日の晩御飯はなんでした? 今日の朝ごはんは? 海のものって、食べました? その魚に、海老に、貝に、「何が」乗ってるかなんて、考えたことありますか?

5:カラオケスタッフ
これは私の友人がカラオケ屋さんで夜勤のアルバイトをしていた時のお話です。 勤め始めてまもなく、深夜に個室の清掃を一人で任されるようになった友人。すると作業中、どこからか視線を感じるようになりました。 先輩にそれとなく伝えると「あぁ…」と煮え切らない返事。気になって詳しく訊ねるととても言いづらそうにこう続けられた。ここ、出るんだよ。でもあんまり見ないでね。 それから数日は怖々と、たまに視線を感じつつも気にせず深夜の清掃を続けました。 そもそも霊感があるわけでもないし、何も見てないってことは自分には見えないんだろう。 仕事にも慣れてきた頃、それは突然起こりました。 猛烈に気配を感じたんだそうです。 個室が並ぶ廊下を歩いていた彼女は、バッと振り返りました。 するとそこには数m先の廊下の曲がり角から、知らない男が顔を覗かせていました。 私はそれを聞いて、それぐらいならお客さんとか、まだ会ったことない同僚じゃないの?と言いました。 すると友人は本当に怯えた様子で、 「普通に覗いてたんじゃないの。 普通の人間の身長とか、その、よくわかんないけど、2mぐらいの高さから、顔が壁と直角に、真横に、見えたの。そんな体勢無理じゃない?」 友人はしばらくして仕事を辞めましたが、最後の日、先輩にその時の話をしたら「俺が見たのは全然違ったなあ」と返ってきたそうです。

6:刑務スタッフ
「えぇ、刑務官をやっていたんです。もう十年くらい前ですかね。今は定年退職して図書館に通う毎日です」  「つまり刑務所が職場?」  「そうです。そこで、気味悪い事件が一回だけありまして。え? 場所ですか? 場所はちょっと……辞めても守秘義務がありますから、勘弁してください」  「じゃあ、どんなことがあったんですか?」  「その前にウチってどんな所かっていうと……あぁもう職場じゃあないからウチっていうのは変か。まぁ、でもウチっていいますね。ウチは独房や懲罰房でもない限り、二人一組の雑居房なんです、他がどうだかは知りませんが」  「なるほど?」  「で、まぁ、千二百人くらい収容できるんですが、長期刑の受刑者が多いんで、そんな毎日出獄する者は少ないんです」  「出獄?」  「釈放ですよ。刑期を終えることです。で、ある日、ひとりの受刑者が出獄した。するとどうなると思います?」  「ひとり減るから、雑居房がひとつ、ひとりだけの部屋になりますね」  「正解です。それは収容の方針で良くない。だから、新たに囚人を受け入れるんです」  「どんな人が対象になるんですか?」  「だいたいは直近で刑が確定した者、あるいは溢れそうになっている刑務所の者です。で、そのときは前の週に刑が確定したばかりの者が収監されたんです。殺人でした」  「いかつい強面みたいな?」  「いや、それがひどく顔色が悪くてね。もう土気色。空いた雑居房まで連れてって残された囚人に挨拶させたんですが、それもなんだが上の空みたいな」  「刑が確定してショックを受けていたとか?」  「それがねぇ……」  「違うんですか?」  「今でもわかりませんよ。刑務作業やメシ、入浴のときもぼんやりしてきて刑務官仲間の間では気持ち悪いって悪評でしたよ。で、そいつが収監三日目の朝に死んだんです」  「えっ? 何があったんですか?」  「起床時間になっても起きなかった。同室の人間も連帯責任になってしまうから慌てて起こそうとしたときには、もう冷たくなっていたんです。最初に駆けつけたのが私でした」  「どんな状況でしたか?」  「何かに驚いたような顔……というか絶叫したような表情でしたね。目は大きく見開き、口も裂けんばかりといった感じで」  「何かを見たショック死?」  「そこは今でもわかりません。とにかく、遺体は司法解剖にまわされました」  「不審死ってことで?」  「いや、所内で死んだら全員そうなります。決まり事です。で、それからしばらくして、同僚が話しかけてきたんです」  【おい、知ってるか? 死んだあいつ。解剖して判明した死亡推定時刻は収監された日の朝だったってよ】  「私がそんな馬鹿な! って聞き返したら」  【その日の食事から亡くなる前日の食事まで、かみちぎった跡はあるが、咀嚼されずに胃と食道にメシが詰まってたんだとさ】  「え? だったら……」  「そうです。我々は三日間も死体と生活していたってことになりますね」

7:アルバイトスタッフ
知っていますか?Twitterで「裏バイト」と検索すると、田口先生が描かれた漫画に関することの他に、怪しい仕事の募集が沢山出て来るんです。 大体は、詐欺の受け子やらをさせられるとすぐわかります。警察による注意喚起のツイートも紛れていますから。 スーツあれば報酬倍、未経験者歓迎、電話に出るだけの簡単な仕事……そんなツイートの中に、ひとつ。 「指定の場所に来ていただき、髪の毛を1本落としていただくだけの仕事です #裏バイト 」 報酬は20から、とも書かれています。20万円ということでしょう。 興奮しました。報酬にじゃありません。募集の内容にです。僕は意味のわからないものが大好きなんです。 指定の場所は何か事件が起こった場所で、警察が証拠品として押さえられるように髪の毛を落とさせるのかとも思いましたが、それならわざわざ指定の場所まで出向かせる必要はありません。 僕は興奮が抑えられず、そのアカウントにすぐDMを送っていました。会って詳細を教えてくれるなら無償でも働きます、と。 結論から言うと、会えました。ツイ主が住んでいた場所は、この時代では信じられない程の田舎でした。限界集落と言うのでしょうか。 ツイ主は、40くらいの男でした。 「この村に生まれた人間は、村の外に出られないんです」 そう切り出した男に続きを促し、以下のことを聞きました。 「村にいる神様は、昔、村の外から来ました。神様は、ルールさえ守っていれば本当に温厚なんです。利益をもたらしてくれます。ルールは2つ。村に生まれた人間は村の外へ出ないこと。年に1度、村の外から人を呼び、村の外にある祠に贄を捧げること。神様は温厚なので、爪の1つや髪の毛の1本でも贄として受け取ってくださります」 そして「どうか、指定の場所に髪の毛を1本捧げてきてください。村の外の人間を呼ぶにも限界があって、あんな募集をしたのです。漸く貴方が声をかけてくれました。私には娘もいる。村が大切なのです。お願いします」と言いました。 僕は「えぇ、もちろん」と返して、村から少し離れた位置にある祠へ行き。そして何も供えずに帰りました。 僕は、意味のわからないものが大好きなんです。 それからは、楽しかったです。男と連絡先を交換したので、男が村の状態を毎日伝えてきます。僕は間違えなく供えたと嘘をつき続けました。 日々よくない事が起こっている。村で一番若い娘が試しに生贄にされる。男のそんな必死な連絡が途絶えた日。 僕は、神様と会いました。気が狂った訳じゃないですよ。 神様が村の外から来たという理由がわかりました。捧げなかった人間が神様を押し付けられるんです。神様は明らかに、日本に元からいるような方ではありませんでした。 神様は本当に温厚な方で、僕に猶予をくださっています。僕は贄の集め方をゆっくり考えています。 僕も裏バイトのタグを使わせてもらおうかな。その時はよろしくお願いしますね。

8:玩具屋スタッフ
Kさんという四十代の男性は、玩具量販店で働いていた。  彼には、小学二年生の娘がいた。  それこそ、目に入れても痛くない可愛がりようで、職場で口を開けば娘の話ばかり、溺愛という言葉はこの男のためにあるように思えるほどであった。 残念ながら、奥さんは三か月前に交通事故で亡くなっている。 その寂しさもあって、社員割引を使い、安くおもちゃを娘に買い与えていた。  それだけでは、と娘の頼みでトイプードルを飼った。 可愛らしい茶色の小さいプードル。  そんなある日、娘の不注意で散歩中にトイプードルが車に轢かれ亡くなってしまった。  毎日泣き続ける娘を想い、Kさんはトイプードルのぬいぐるみを職場で買い、娘に渡した。  娘は喜び、生前のペットを扱うようにぬいぐるみをかわいがった。  最初はママゴトかとも思っていたが、段々と度が過ぎてきた。 本物のエサを与える。風呂に一緒に入る。 リードをつけて家の周辺を散歩したときには、ぬいぐるみが少し痛み、泥だらけになった。  そんな娘にKさんは耐えられなくなってきていた。  ある日のこと。  職場に娘がトイプードルのぬいぐるみを連れて、やって来た。  聞くと、このトイプードルにおもちゃを買いにきたのだという。  そこで、娘と大喧嘩をしたのだ。  そこまでの激しい言い合いは初めてのことだった。  職場にいることも忘れ、同僚の目もまったく気にせず。  娘を頭ごなしに怒鳴りつけた。  瞬間。  何か決定的なことを娘から言い返されたと思った。  反射的に、彼は初めて力いっぱい娘の右頬をひっぱたいた。  手ごたえがおかしかった。  小さな子供とはいえ、手から伝わってきた感触が異常に軽かった。  摂食障害になっているのではと疑うほどだった。  娘は軽すぎて壁まで吹っ飛んでいき、ぐたりと頭を垂れた。  ――しまった!  彼は慌てて駆け寄った。  すると、そこには、女の子の人形とそれに抱えられたトイプードルのぬいぐるみが転がっていた。  そこで彼はすべてを思い出した。  三か月前の交通事故はたしかにあった。  しかし、そこで生きながらえたのは自分だけだったことを。  彼はいつしか、職場の棚に陳列されていた一体の女の子の人形を自宅に持ち帰り、自分の娘だと思い込んで生活していたのだ。  事故のことを知っていた職場の同僚たちはそれを止めることができなかった。  どうかしていたのは、自分だった。  女の子の人形にトイプードルのぬいぐるみを抱かせ、食卓に座らせて、学校はどうだと話し掛けていた。  おもちゃ売り場のフロアに、Kさんの慟哭だけが響いていた。

9:ハンバーガーショップスタッフ
私がバイトしていた個人経営のバーガー屋では「ミミズバーガー」を裏メニューで販売していました。 都市伝説で聞いた事ありますよね。でもありえないって皆さん言いますよね。 「牛よりミミズを使う方が原価がかかるから」 そうなんです。 原価がかかるからなんです。 ウチでは「ミミズバーガー」をメニューで一番高いご当地牛ステーキバーガーより3倍の値段で販売してました。もちろんそれとは分からないメニュー名で、しかも数種類のメニューをカスタマイズも含めて特定の順番に注文されたお客様にだけこっそり提供していました。 調理はどんなに忙しくても店長が対応しており、その間は厨房に独特の土のような、しかし食欲をそそられるような匂いが漂っていたのを覚えています。 結構な方がこのバーガー目当てで当店に通ってくれていました。
地方にも関わらずテレビで見るような有名人の方も何度か接客した覚えがあります。
 ミミズは中国では「地竜」という名前で漢方薬として使用されています。 味は二の次で健康目当てなのかと思えば味にも結構こだわってるらしく、美味いから食ってみろと言われましたが食べることはなかったです。 100%の好意で勧めてくれる店長の笑顔が怖く、面と向かって気持ちが悪いからとは言えませんでした。閉店後に店長はこのミミズバーガーのパティの仕込みをしており、見るなと言われていましたが見たくもありませんでした。 口止め料も含まれるのか時給はまあまあよかったです。 ただ数年前に正社員への登用の話が出た時に辞めました。 店長にあのミミズバーガーを勧められた時の笑顔で 「社員にしか言えないさらに裏のメニューがある」 と言われて怖くなったのです。 実は、私は食べたのです。あのバーガーを。 バイト仲間との飲み会の時の罰ゲームで、こっそり一欠片。 ネットではミミズバーガーの事をまずい、食べられたものではないとの書き込みがありますがあれは嘘です。あの味を独り占めする為に虚偽の書き込みをしてるのです。 食べた時の清涼感、恍惚感、幼少期の懐かしさ、舌の味蕾が全開になる感動を私は忘れる事ができません。そして同時に怖くなったのです。 恐らくその瞬間を店長は見ていたんだと思います。いや、あの罰ゲームすら仕組まれていたのかもしれません。 その直後に提示された正社員への登用。そして笑顔で言われた「社員にしか言えないさらに裏のメニューがある。それはミミズバーガーなんかとは比べ物にならない幸福感を得られる」 戻れなくなる。 そう思い私はその場で退職する旨を伝えると不気味な位すんなりと了承を貰い、バイトなのに退職金をまあまあ貰いました。 私は今もぼちぼち繁盛しているあの店の前を通ると思い出してしまうのです。 あの暗号のような癖のある注文方法と、あの時の味を。 そして冷凍ストッカーの奥底に仕舞われていた、一度も使ったことのない「アオオニさま」と書かれたミンチ肉の事を。

10:自動販売補充スタッフ
自動販売機補充員の安西には、誰にも言えない秘密がある。  十二年前のある日、彼は先輩から嫌な仕事を押し付けられた。  繁華街の路地裏にある自販機に飲料を補充する。仕事内容は変わらないのだが、自販機を設置してある場所が問題だった。  四日前、その場所では通り魔事件が起きていた。  包丁を持った犯人は大通りで次々に人を襲った。最終的に路地裏に逃げ込んだ女性を追いかけ、殺害したという。  その女性を殺した後、パトカーのサイレンを聞いた男は喉元をかき切って自殺。  例の自販機の前で死亡した。  先輩は行きたくないと、安西に押しつけたのだ。  補充員の仕事は担当エリアが決まっている。そのエリア内で1日約30台の自販機に飲料を補充する。  例の自販機と安西のエリアは離れていた。  彼は自身の仕事を終えた後、問題の自販機まで行った。  到着した時は日も暮れ、路地裏は薄暗く誰もいなかった。    溜息を尽きながら作業していると、突然機械音が流れ出した。 「いらっしゃいませ。ここでゆっくりしてってね」女性の声の挨拶であった。  補充中に機械音が流れるのは異常だ。  故障を疑った瞬間、 「男なら、とっとと帰りな」  女性の声で妙な言葉が流れてきた。  顔を上げると、目の前には大男の形をした人体模型さながらの肉塊があった。皮膚はなく全身の筋肉や筋が剥き出しになっている。  その大男の右肩には女性の顔が生えていた。その女性は皮膚も目も鼻も口もあった。  安西は動けずにいた。  恐怖からではなく、その女性の美しい顔に見とれてしまったのだ。  白い肌につぶらな瞳。その瞳からは大粒の涙が流れていた。  大男は通り魔で女性は被害者に違いない。  そんなことを考えていると、大男と女性はいつの間にか姿を消していた。    安西は、進んであの自販機を担当することになった。  日没に行くと、大男と女性は必ず現れた。  大男は男には興味がなさそうであったが、女性に恋焦がれていた彼には関係がなかった。    その間、姉に異変が起きていた。  毎晩、刃物を持った男に追いかけられる夢を見るというのだ。  もしや、自分が毎日あの自販機に通っているからか。  根拠はないが大男は女性が欲しそうだった。  このまま行き続ければ、姉が危ないかもしれない。  が、安西はあの女性に会いたい一心で、担当を変わることをしなかったという。  姉は弱っていった。  すると、あの女性に変化が現れた。  姉がやつれていくにつれ、女性の顔が薄れていったのだ。  女性は消えてしまうかもしれない。  いや、もしかすると姉が身代わりになって女性が生き返るかも。  この時、すでに安西はおかしくなっていた。  ある日の朝、姉は蒲団に入ったまま死んでいた。  姉は身代わりになった。自販機に行けば、生身の女性に会える。  日没に行ったが、大男の肩には姉の顔が生えているだけであの女性の姿はなかった。 女性は成仏したに違いない。  彼は姉に対する贖罪のため、今でも例の自販機を担当している。


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