広くモノを見ようとすると、人は人として、そういうもんだな、そういう考え方もあるな、想像力を広げて、極力、地に足を付けられるようになると、あまり人と会話はしたくても「議論」はしたくないと自然と腑に落ちるようになる。

それはそれ。これはこれ。
個人的に思う事、考える事はあれど、内心では嵐のような怒りや暗闇のような不安があっても、極力、できるだけ落ち着いて物事を見て。

過ぎたことは過ぎた事として所詮人間だから吐息を力を抜いて。
バランスなんて気にし過ぎても、何でも、し過ぎは苦しくなるかもね。

広く広く、浅く、深く。
ふわっと。
ぼーっと。
しっかりと。きっちりと。
地に足つけて走ったり歩いたり転んだり道を剃れたりしながら、笑って、僕を生かしてくれた愛してくれた人たちの事を想いながら生きていけたら良いなと思う。

渡る世間は鬼ばかりってドラマが昔あったけど、人間なんて色々そんなこんなばかり。
でも僕らが見えている3世代は100年くらいの間の話。
その間に生きている人の価値観や人間の話。
これをひとつのパッケージにして、一つの世界を100年くらいの人間ドラマとしたら。
その時の時代背景や文化文明はあるけど、20回。
20回、僕らのような親子、3世代の人間模様、人情(群像)劇場を繰り返したら、もう2000年。

僕らは、たった2000年くらいしか考えて見ていないんだなと思った。
この間に、命の連鎖と、これだけの文化文明が生まれて、人間は社会は進化してきた。すごい事だと思う。実感なんて当然できないけど、時間を人生を逆算したり、命の有限さに気が付いてから考えると、ものすごく僕らは息苦しい考え方で生きようとしていたのだと僕は想っている。

いちいち全部は言わないし、書けないよ。

ふわっと、ああ、こうやって生きているんだなと。

今日も思える日。人生。

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