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 光速船に乗り込んだ選びぬかれた七人のクルーが最初の冬眠から目覚めた朝に、第一回目の抽選が行われた。七本の紐の中に一本だけある短い紐を引いた者が、次の百年間の眠りの間、残りのクルー達の栄養分として分解吸収されるのだ。

 七百光年先にある目標の惑星に生命を送り届けるためにはそれがもっとも理にかなった方法なのである。それは、世界でもっとも優秀とされる人工知能の出した結論だった。

 当選者は次の冬眠までの一週間を自由に過ごすことができたが、しばらくは動揺を隠しきれず、一人で窓の外の百年前と寸分も違わない星空を眺めて過ごした。三日ほどそんなふうにして過ごしたあと、当選者は思い立ったように部屋に籠もり、残りの時間を使って長い手紙を書きはじめた。

 七日目の夜。クルーが再び眠りにつく時間がやってきた。規則により一番初めに眠りに着くことになっていた当選者は、六人のクルーそれぞれから一本ずつ花を手渡された。

「この手紙は次に籤を引き当てた人に封を切ってほしい。」当選者はそう言って籤のしまわれた箱の上に厚みのある封筒を置いた。「私が居なくなった後でも、私のことを理解してくれる人がいると思うだけで、こうして眠りにつくのもそれほど悪いことではないような気がしてくるよ。」それが当選者の最後の言葉だった。

 そうして百年が過ぎ、六本の籤が引かれ、再び一人の当選者が選ばれた。そして当選者は最初の当選者の遺言どおりに手紙の封を切った。他のクルーもその手紙を読みたがったが、手紙の冒頭に[この手紙は籤を引き当てた者だけが読むことができる]と書かれていたために、当選者はその手紙を一人で読み始め、読み終わるとこんどは自分の手紙を書き始めた。そしてそれはまるで儀式のように、籤の当選者によって代々引き継がれる慣例となったのだった。

 そのようにして数百年があっという間に過ぎ、最後の籤が引かれ、最後の当選者と最後に残る一人が決定した。当選者はこれまで書き継がれてきたぶ厚い手紙の束を、鍵のかかったロッカーから取り出した

「不公平だよ」最後の一人が口を開いた。

「不公平?」

「だって次に目覚めた時、私には手紙を書く相手はいない、それは不公平だよ」

当選者は手紙の束をテーブルに置き、最後の一人の隣に腰掛けた。

「それはそうかもしれないけど。じゃあどうしたい?」

当選者がそういうと、最後の一人は少し考えてニヤリと笑った。

「一緒にその手紙を読もうよ。それでその話で盛り上がろうよ。ワインでも開けてさ」

少し呆れたような顔で最後の一人を見た当選者は、しかたなさそうに笑顔で頷いた。

[あなたがこの手紙を読んでいるとき、私はすでにあなたの一部になっているのだと思うとなんだか不思議です。でも、あなたの提案は正解だったね。あのワインちょっと酸っぱかったけど楽しい宴会でした。結果として、一人で手紙を読むよりも有意義な時間を過ごすことが出来たと思います。ただ、あなたが最初に不公平だと言ったとき、正直言って私は少し腹が立ちました。一日でも長く生きたい。それはどんな生物にとっても自然な感情なのではないでしょうか。だから自分が短い紐を引き当ててしまったときは辛かった。それが実際には数週間の違いでしかないと理屈ではわかっていたとしても、あなたの幸運が羨ましかった。  

 とはいえ、今この手紙を読んでいるあなたが抱えている孤独について考えないわけではありません。私達の故郷の星にも、おそらくはもう我々の仲間は生存していないでしょう。そう考えれば、あなたは本当に残された最後の一人ということになります。それが果たして本当に幸運と呼べるのか?それはなかなか難しい問題ですが、あなたが選ばれた最後の一人であるということは疑いようのない事実です。私達がこのような方法で選抜されたのも、あなたのその強運がこのプロジェクトを成功に導くための最後の要因となるからなのではないでしょうか。考えてみれば、私達ひとりひとりの生命も、そのような偶然を経てこの世に生を受けてきたのですから、最後の最後にそのようなことが重要になるのも、ごく自然なことなのかもしれません。

 あなたの生命が無事に目標にたどり着くことができますように。そして新たな生命の萌芽となることが叶いますように。心よりお祈り致しております。]

 百年後、目標の惑星に辿り着いた光速船は滑るように海面に着水すると、深い海底へと静かに沈んでいった。(了)

2021/12/ 公募ガイド「小説でもいかが」投稿

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