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見たことのない絵

「たのしみだなあ」少年は白い包帯で覆われた目で遠くを見るようにしてそういった。
 もしかすると少年はそのときすでに、包帯の下で閉じられた瞼越しに淡い光を感じていたのかもしれない。包帯が取れたらパリのルーブル美術館へ行いけるのだ。そして夢にまで見たモナリザを見ることができるのだ。「たのしみだなあ」少年はまた遠くを見るように、まるでそちらの方向にパリがあるように顔を上げてそういった。

 少年は生まれながらにして盲目だった。医者は、移植手術を受ければ目が見えるようになる可能性はある。そういって少年の両親を励ました。そして、ただし手術は大変難しいものになることが予想され、なによりも最適なドナーが現れる必要がある。あとは気長に待つしかありませんね。そう付け加えた。
 少年の両親は、少年の目が見えるようになろうがなるまいが、すこしでも少年が豊かな人生を送れるよう出来るだけのことをしよう、そう話し合った。
 そのような両親の愛情に守られ、少年はとても明るく活発な子供に成長した。そしてなにより、そこにはおそらく目が見えないというハンディキャップを補おうという気持ちも働いていたのだろう、少年は何にでも興味を持ちそれを吸収して自分のものにしようとする、貪欲なまでの強い好奇心をもっていた。
 そんなこともあり、少年が盲人の受け入れ体制のある県に唯一の小学校にあがるころには、自分の身の回りのことはだいたい一人できるようになっていた。国語や算数などの学科もよくでき、もともと運動神経も良く体育にも積極的に参加した。また音楽は最も得意とする課目で、上手にハーモニカを吹き、耳で覚えた曲をあっという間に吹きこなしてしまうほどだった。ただ図画工作に関しては、粘土細工などの造形を除いてどうすることもできなかったのだが、そのことがかえって少年の好奇心を刺激したのかもしれない。少年は美術、それも絵画に異常なほどの興味を示すようになった。
 テレビの美術番組に熱心に耳を傾け、両親に頼んで、美術館の盲人向けガイドツアーに参加したりもした。遠近法などの絵画技法の説明を聞いて、そこからなにかイメージをつかもうとしたりもした。そのようにして少年なりに絵画というものに深く接してゆくうち、少年の絵画に対する想いは、実際に見ることができないぶん、よりいっそう熱を帯びて膨らんでいったのだった。
 もしもいつか自分の目が見えるようになったら、パリのルーブル美術館に行って世界一の名画といわれるモナリザを見てみたい。
 両親は、小学校の卒業文集に書かれた少年の夢をなんとか叶えてやりたいものだと、ため息まじりによく話し合ったが、その日は案外早くやって来た。少年にとって最適なドナーが見つかったのである。
 手術はかなり難しいものでその分少なくないリスクもあった。場合によっては命に関わる可能性すらあったのだが、それでも少年は手術を望んだ。両親は少年を励ます意味も込めて、無事に手術が済んだら少年にルーブル美術館への旅行をプレゼントすると約束した。
「たのしみだなあ」少年の喜びようは並大抵のことではなかった。あまりに興奮しすぎて手術のときに麻酔の効きが悪くなるほどだったのだが、なんとか無事手術は成功したのである。

「これがエッフェル塔か」父親が構図を変えながらスマホのシャッターを切った。
「やっぱり本場のカフェは違うわねえ」母親がしきりに感心していった。
 パリに着いて初めのうち、はしゃいでいたのは少年よりむしろ両親の方であった。
 少年にとっては、目が見えるようになってから遊びに行ったスカイツリーに比べて、エッフェル塔はなんだか小ぢんまりしているように見えたし、日本のカフェがどのようなところかあまりよく知らなかった。
 それでも少年はルーブル美術館に到着すると、興奮のあまり廊下を走り出してしまい、警備員にフランス語で注意されてしまった。
 モナリザは美術館の奥まった一角に、やや大きすぎるガラスケースに厳重に守られて飾られていた。周囲には人だかりが出来ていたが、少年は人の間を縫うようにしてゆっくりとモナ・リサに近づいて行き、5分ほどじっとモナリザの前に立っていた。そしてくるりと両親の方に向き直ると、首を傾けて「なんかちがう」とぼそっとつぶやいたのだった。

 帰国して猛烈に絵の勉強をはじめた少年の作品はあっという間に評判となり、少年は天才少年ともてはやされた。少年の絵を見た人はみな異口同音にこう囁きあったという。
「こんな絵はこれまで見たことがない」(了)




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