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憧れの海にたどりつくまでに35年かかった話

こんにちは、のんびり風子です。
35年ってきりの悪い数字ですが、私にとっては夢がかなった記念すべき時間。今日は海の思い出話を書こうと思います。

なんてったって海が好き

茅ヶ崎生まれのせいか海が好き。夏の遊び場は海だったし、近所のお兄さん、お姉さんはみんな日焼けが似合っていて憧れた。

私も大学生になったらライフガードのバイトをしたいと考えるようになった。しかし、実際の大学生活は海から離れてしまい、夏休みは小学校のプールで水泳指導をするバイトについた。とりあえず憧れの日焼け肌は手に入れることができたのはよかったかな。

日本最南端のビーチリゾート

その夏、ダイビングインストラクターの資格取得を目指していた彼氏は、海関連の経験値をあげるためビーチスタッフのバイトをするといいだした。
沖縄本島よりさらに先、八重山諸島の小浜島に新しいリゾートホテルができたらしい。1980年代のことだ。

そのホテルの名前は「はいむるぶし」。八重山地方では南十字星のことを意味するそうだ。日本でも季節によっては見えるということを初めて知った。

聞けば聞くほど素敵な楽園らしく、むしろ私が行きたい!と何度も思った。 
離れ離れになるのはとても寂しくて引き止めたい想いにかられたけど、みやげ話を期待して、ちょっと大人のふりをしていってらっしゃいと見送った。

八重山ブルーとの出会い

彼氏はいつも近況を伝える葉書を送ってくれた。私がプレゼントした色鉛筆で八重山ブルーというさまざまな青や緑に彩られる海を描いてくれた。トロピカルで白い砂とのコントラストが美しい。日本でそんなにきれいな場所があるのかと感心するばかりだった。

留守番する私は、インターネットもない時代だったので、たまに見る旅のパンフレットやテレビで想像をふくらませるのみ。まぶしい日差しに美しい海。そんな環境でバイトに励む彼氏のことがうらやましくてしょうがなかった。そして、いつか私もその海を見たいと思った。


みやげ話に心が躍る

夏が終わって私たちは再会した。彼氏は相当日焼けしていて、髪も金色で見違えた。私も小学校のプールで水泳を教えるバイトをがんばっていたので二人揃って真っ黒なのが面白かった。

現地でのみやげ話や武勇伝もたくさん聞いた。美しい海の様子はもちろんのこと、裏話も楽しかった。
大きいゴキブリの出現になやまされたが3日たったら慣れたこと。台風のときは客室にほふく前進で食事をはこばなくてはいけなかったこと。朝早く誰もいないプライベートビーチで準備する時間が最高に好きだったとか、石垣島に初めてできたKFCでフライドチキンを食べるのが自慢だったとか。
様々な体験をして帰ってきた彼氏はひとまわりたくましくなっていた。

何度聞いても新鮮で面白く憧れはつのるばかり。いつのまにか彼氏の思い出はそのまま私の思い出として刷り込まれ、自分の思い出のように語れるまでに(笑)。
そして、行ったこともないのに「また、行きたい」と思うようになっていた。

現実に押し流されてかすんだ夢

大学を卒業して社会人になった。新しいことを学び、身につけていかなくてはならないことがいっぱいで必死だった。

海はあいかわらず好きだったけど目の前のことをこなすばかりの日々。
まとまった休みもとれないし、お金もなかなかたまらない。
「はいむるぶし」は遠のくばかりだ。

いや実際に「はいむるぶし」は遠い。地図で見ればほとんど台湾!ツアーの金額が海外旅行より高くなるのも頷ける。
これでは、新米社会人には手がでるはずもない。
彼氏とも事情で別れることになり、憧れのリゾート旅行はそのまま封印された。

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チャンスが突然やってきた

ときは2020年。運良く勤続20年という節目を迎えた。今勤めている会社にはリフレッシュ休暇制度がある。公然と長い休みがとれるので久々にヨーロッパ旅行をしようと楽しみにしていた。

しかし、新型コロナの関係で、簡単に海外旅行ができない時代に突入。行き先は国内に余儀なく変更。パスポートが使えないのは残念だが、旅行代金の補助がでるGoToキャンペーンが使えるのでよしとすることに。

リフレッシュするのが目的なのだからできるだけ遠くがいいな。せっかく行くならリゾート地だ。できればビーチでのんびりしたい、となると沖縄の離島がよいかも・・・。

などと連想していると、「はいむるぶし」ってどうだろうか? 昔憧れた美しいビーチリゾートが急浮上。
旅費がかかるとあきらめていたが、渡りに船とはこのことだ。予算もクリアして、行き先は瞬時に決定!

とうとう夢がかなうんだ。35年前に夢見た地へ。旅立つ前から身震いした。ちょっと大げさに聞こえるが、憧れの地に立つ自分を想像したら感動して泣きそうになった。それくらい嬉しかった。

ついに夢がかなった!

旅のパートナーは夫。なんと、私を「はいむるぶし」の虜にしたヒト。
彼とは紆余曲折いろいろあったが、縁あって結局は結婚した。
青春時代をともに過ごした彼の思い出の場所に一度は行きたいと思っていたが、当の本人と再訪できるなんてこんなラッキーなことはあるだろうか。

夫にとっても35年ぶりでとても喜んでいた。「はいむるぶし」には当時を知っている先輩スタッフもまだいて、彼らにしかわからない共通の思い出話に花が咲いていた。もちろん、その輪に加わることはできなかったが「ほんとに働いていたんだ」と、そんな姿を見るのも新鮮だった。

初めて訪れた場所だったが、なぜかとても懐かしく温かかった。見覚えのあるような景色は全部デジャブだ。
私の中でも区切りがついた。ようやく「はいむるぶし」への片想いが終わり、なんだか肩の荷が下りたような軽やかさが今はある。

私にとっての「#海での時間」

滞在中に夫といろいろなアクティビティを楽しみ「はいむるぶしライフ」を満喫した。その話は別の機会に譲るとしてとにかく胸弾む毎日だった。
夢に見た美しい海、空、ビーチ、星、ホテル。あの風景をとうとう私も見ることができた。夢が成就するというのはこうも嬉しいものなのか。今も思い出すとニヤニヤしてしまう。

「はいむるぶし」を訪れるまで、実に35年。ずいぶん年月が経ってしまった。しかし「はいむるぶし」という夢とともに過ごした35年間が、私にとっての最高の「海での時間」となったのは確か。捨てきれない夢も案外大事にしておくものだ。

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おしまい。


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