1994年4月5日から30年:カート・コバーンの死は新聞記事で知った
今から30年前、1994年の4月5日は、ニルヴァーナのフロントマンだったカート・コバーンが亡くなった日である。自分はそのことを新聞の社会面の小さな記事で知った。当時は大学4年生に上がったばかりで、そのときはたしか春休み明けの初日の朝だったと思う。遺体が発見されたのは死亡から数日経った4月8日のことで、日本とアメリカの時差もあれば、印刷された新聞記事として手元に届くまでのタイムラグもあるので、自分が訃報に接した日は4月何日だったか定かではない。まだネット時代ではなかったので、現在のようにネットニュースやSNSでリアルタイムの訃報が駆け巡るようなことはなかったのである。とにかく、その日までの自分は、ニルヴァーナ狂だった。「Smells Like Teen Spirit」という曲に出会った1991年の暮れから2年半ぐらい、自分の音楽世界はニルヴァーナに支配されていた。カートの訃報に接したときは当然、頭が真っ白になった。ショックを持て余した自分がその日に取った行動は今でも少し覚えている。その訃報記事を切り抜いて持ち歩き、音楽サークルの部室に行って音楽仲間に見せて回った。その後、そのまま一人で電車に乗って秋葉原まで行き、前から目を付けていた中古のレコードプレーヤーを買って帰宅した。その後のことは覚えていない。泣いたりはしなかったと思う。ただただ、茫然自失だった。
小学生の頃から今に至るまで、基本的にはビートルズをはじめとする過去の音楽を聴きながらずっと暮らしている。リアルタイムで生まれた音楽と全身ごと共鳴できたのは、あのわずかな期間だけだった。今でも、心の中に何か名状しがたいモヤモヤを抱えれば、ボロボロのギターを抱えて背丈より高いフィードバックまみれのギターアンプに突撃し、スピーカーにネックをぐさぐさと突き刺すという映像が脳内に浮かんできたり、夜中にイヤホンを着けてどれでもいいからアルバム一枚を大音量で聴いたりしている。昨晩も「In Utero」を聴いていて、そういえば今日あたりで94年4月から30年か、と思い出したのである。1993年9月、あんなに発売の日を待ち焦がれたアルバムは後にも先にも「In Utero」一枚きり。待ちに待っただけに、アルバムのリリースより少し前に出た「Heart-Shaped Box」のシングルにも特別な思い入れがあって、カップリングだった「Milk It」(アルバムにも収録)は特に好きな一曲。静と動、押したり引いたりの緩急の付け方が絶妙で、ソングライティングにもバンドの演奏にも成熟を強く感じた。
たしかに当時、音楽のことよりもお騒がせゴシップ記事が目立つようになっていて、カートが不安定な状態であることは知っていたけど、あんなに早く亡くなるとは本当にまったく予想していなかった。「MTV Unplugged」でアコースティックギターを抱えて素晴らしい演奏を披露していたことも、当時まだ正式リリース前ではあったけど、MTVの放送を録画したビデオを見せてもらって知っていた。93年のニルヴァーナは「In Utero」に「Unplugged」と、音楽面では充実しまくっていて何の問題もなかったのだ。自分はゴシップにはほとんど興味がなくて、カート、クリス、デイヴの鉄壁トリオが作り出す音楽を聴きたかっただけ。カートの自死によってニルヴァーナが突然崩壊してしまうなんて完全に青天の霹靂だった。今でも、心の中でカートがいた場所はまったくの空洞である。特に何かで埋め合わせようともせず、30年間そのまま保存してあるかのようだ。
カートの生涯は心の病のために27年で終わってしまったけど、自分は来月で52歳になる。去年の後半から頭に問題を抱えるようになって、どうもこのまま治らないような気がする。おそらく、以前の自分にはもう戻れないまま、今後の人生を過ごさなければならないのだろう。まあ、仕方がない(仕方なくないけど)。長いこと生きている以上、傷がついたりすり減ったりしていくのはしょうがないことだ。カートが94年4月を無事にやり過ごしていたら、今はどんな風に暮らしていたのだろう。前にも書いたことがあったけど、どんな姿でどんな音楽をやっていてもいいから、いや音楽を作っていなくてもいいから、この世に存在していてくれたらどんなによかっただろう。94年4月から30年間、自分は心の中に空洞を抱えながら生きてきて、今後もずっとそうなのである。
ニルヴァーナの音楽って、30年経った今は世界にどんな風に響いているのか、自分はよく知らない。90年代の遺物として「伝説」の二文字に封じ込められたままだろうか。原始的な骨組みと叫びだけでできているのだけど、完璧な構成と美しいハーモニーが背後には隠されていて、何度聴いても自分はまったく飽きることがない。シンプルだからこそ際立つ、本物の才能。30年前のカートの死なんて知らない若い音楽好きが、ひょんなきっかけで「Milk It」あたりに出くわしたら、どんな感想を持つのだろう。フラットな耳で末永く聴き継がれていったらいいと思う。この音楽は時代を超えて人の心に届くものを持っていると自分は信じる。
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