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混乱した非常時が抱かせる〝強さ〟や〝英雄待望〟こそがファシズムの誕生を促すものなのです──片山杜秀『国の死に方』

「政治的判断能力なき大衆が気分で投票しては、そのあとの展開があまりに選挙時の話と違うので当惑し、次の選挙で怒りをぶちまけようとする。しかし相変わらず判断能力は劣ったままなので、選挙を重ねれば重ねるほど、国のかたちが狂ってゆく」

このような片山さんの一文にドキリとしますが、この文はこう結ばれています。
「それが昭和初期だった」
と……。けれど現在の日本により当てはまっているように感じてしまいます。

「狂っていく国のかたち」とは非常時にほかなりません。
「非常時の方がファシズム化しやすい。けれど非常時とは戦争に限らない。軍隊が出しゃばらなくてもよい。経済危機でも大災害でも電力不足でも、ヒトラーの掲げた「迫り来る共産主義の恐怖」でも何でもよい。そうした非常事態に対応するためと称して、社会の見通しを悪くし、人々から合理的な判断の基盤を失わせ、世の中が刹那的な気分で運ばれてゆくようになれば、それはもう立派なファシズムなのだ」
しかも片山さんが関東大震災から浮かび上がらせてきたのは、〝非常時にきわめて弱い日本の姿〟というものでした。

なぜ非常時に弱いということが起きてしまうのでしょうか。
片山さんは権力あり方の面からその問いに迫っていきます。
まず日本での権力構造のあり方を探っていきます。そこで浮かび上がったものは……。
たとえば鎌倉幕府では将軍ではなく、執権へ、さらに内管領へ、室町幕府では管領から管領家の執事的な者へと権力の実権は移っていったのです。
「人間社会ではトップが真面目か不真面目かに関係なく、権力は政治組織の中層や下層へと移動してゆき、上層は空洞化する。そんな現象が古今東西に観察される」
と記しているように、これは決して日本の特性ではなく、権力の普遍的な性質だと片山さんは言っています。

この「権力の下降化」は近代になって加速化していきます。
「近代国家は行政国家で産業国家。国家間競争にも勝ち残らねばならない」
それは「専門化と分化の進む一方の近代社会」でもあります。
これは社会的諸関係の相互の関連を見落とし、各分野が縦割り、蛸壺化する危険を一方では伴うものでもあります。官僚制の欠陥の大きな一つにほかなりません。

この官僚制の欠陥は日本の災害時の対応でもしばしば見られたことです。いかに非常時という認識がないか、それに的確に対応できないかという実例は、私たちはイヤというほど見てきたように思います。そのたびごとに官僚制の欠陥を指摘しながらもいつのまにか復活している官僚制というもの……。
混乱した非常時はしばしば私たちに、〝強さ〟や〝英雄待望〟を抱かせることになります。

けれど片山さんによれば、これこそがファシズムの誕生を促すものなのです。
「ファシズムは権力者から実権を奪ってゆきがちな近代社会の複雑化と専門化を逆手に取る。ファシストは複雑化と専門化に反対しない。それどころかわざと過度に推進する。役人や学者やその道のプロがこんがらがって自分の立ち位置さえ分からなくなるまで。そうして生まれる究極の混乱状態の中で、みなが思考停止しているあいだに、やりたい勝手を押し通す。それがファシズムなのだ」
けれどその結末はヒトラー、スターリンらの独裁者たちがもたらしたものを思い浮かべれば歴然としています。

私たちは何を求めなければならないのでしょうか。
どのような時であっても自己組織の保存(保身)に走らない行政組織、そして集中化させない行政権力のあり方、それを探らなければならないと思います。
片山さんは、その一つの補助線として里見岸雄さんが説いた「犠牲社会」というものを取り上げています。犠牲社会とは真っ向から反する利益社会をひた走る日本、その日本に向けて
片山さんはこう記しています
「犠牲社会とは縁を切った国、どんな過酷な事態に至っても誰ひとりにも捨て身の対応を命じられない国、しかも世界に冠たる地震大国が、国中を原子力発電所だらけにしてしまった。そんなに国を死なせたいのか」

ここには「文明観を更新するきっかけに三月一一日がなればよいと願う」片山さんの熱い思いが込められているように思います。

そして振り返らせます。この片山さんの「文明観を更新」という思いを私たちは忘れてはいないだろうかと。

書誌:
書 名 国の死に方
著 者 片山杜秀
出版社 新潮社
初 版 2012年12月20日
レビュアー近況:東京音羽夕方前、物凄く強い雨が急に降ってきました。梅雨末期の豪雨、みなさまどうぞお気をつけください。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.06.26
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3665

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