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死人とけが人と迷子……これが戦争の姿なのかもしれません──杉浦日向子『合葬』

幕末、慶応四年(明治元年)に勃発した上野戦争、それは江戸を占領した官軍と旧幕臣を中心とした彰義隊との戦でした。圧倒的な火力の差で1日で戦闘は終了してしまいます。

この彰義隊に参加した3人の若者の姿を描いたのがこの『合葬』です。絵物語の雰囲気を漂わせ、静かな筆致の中に主人公の3人の若者をはじめ主戦派、恭順派に分かれ、その中で悩む彰義隊士の若者たちが活写されています。

彰義隊はもともとは大政奉還、戊辰戦争で敗れ謹慎、恭順の意をあらわしていた徳川慶喜の警護の目的で結成されました。また当初は江戸市中の警護をも委ねられていました。勝海舟と西郷隆盛の談判によって江戸無血開城後は慶喜は水戸へと去ることになります。その慶喜を見送ったものの彰義隊は以前どおり上野の山、寛永寺に残ることになりました。

この慶喜の江戸落ちを見た主人公の一人、秋津極は幕臣として「大不覚」であったと自らを恥じ、いいなづけ同然であった福原砂世に別れを告げ彰義隊に参加を決心します。
その妹の思いをくみ秋津を追う福原悌二郎。言い合う二人の前にあらわれたのが旧友の笠井柾之助でした。
井柾之助は養夫の横死に仇討ちを願う養家の旧態依然たる武士の作法に愛想をつかし出奔してきたのです。
問答を続ける秋津極と福原悌二郎、悌二郎は慶喜が江戸を去ったからには彰義隊はその意義を失い、かえって不忠のそしりを受けるのではないかと秋津極を問い詰めます。慶喜の落ちていく姿に恥じた秋津の入隊の動機を「私情に走って大局を見失っている」と難詰します。

それでも決心を翻さない秋津極、その問答の決着がつかぬまま三人は彰義隊に入隊することになってしまいます。
時に「慶応四年四月十二日」上野戦争勃発の32日前のことでした。

開戦までの30日あまり、官軍とのいざこざにも巻き込まれながらも3人は精一杯生きていきます。花街にひとときの慰めを求め、そのなかでの淡い恋とその思いのすれ違いに心悩む時もありました。けれどそれは青春の日というにはあまりにも短い日々でした。
そしてそこには杉浦さんの絵だから伝えることができた情緒というものが確かに感じられます。

やってきた開戦の朝、3人にとって長い一日の始まりでした。
その時の彰義隊はというと「形ばかりの武装をした空疎な集団」と化していました。それは「士道も名もない戦」だったのです。

激しい攻防戦、必殺の覚悟も虚しく彰義隊は押し寄せる官軍を撃退するすべもなく退却、敗退することになってしまいます。その間「わずか六時間の戦争」でした。

銃撃に遭い戦死する悌二郎、その首を抱えながら落ちていく極と柾之助、目指すは会津の地でした……。しかし極は流れ弾を受け重傷を負ってしまいます。
圧倒的な官軍の制圧下では二人を匿うところもありません。なんとか見つけた隠れ場所でのひととき、それは極と柾之助にとってもはや懐かしいとしかいいようがない〝江戸の青春〟を思い出すひとときでもありました。

深手を負って自害をはかる極、やりきれぬ思いで介錯する柾之助。極の首級をあるものと埋めた柾之助は一人会津へと向かうのでした……。『合葬』はここから来ているタイトルなのでしょうか。

本来合葬とは埋葬の際、骨壷から遺骨をすべて取りだし、じかに永代供養墓の中に埋葬する葬法をいうそうです。遺骨を土にかえすという意味だそうです。ですが、複数の遺骨を合同で埋葬するという意味でも使われることも多いそうです。
杉浦さんはどちらの意味で使われたのでしょうか。江戸の心を持った若者が土に帰るということでしょうか、想い出の品、想い出の気持とをともに死をそうよんだのでしょうか……そのどちらでもあるような気がします。

杉浦さんは芳賀徹さんの「近世が日曜日であり、近代=明治維新は〈月曜日の夜明け〉だとたえている」説に共鳴し「日曜日の日本に生きた父祖たちに会いたい」という思いを綴っています。
それで言えば『合葬』は日曜日の深更であり併収されている『長崎より』は月曜日の明けきれぬ未明の時なのかもしれません。

一つ思い出しました。

映画『史上最大の作戦』の最後のシーンでリチャード・バートン演じるイギリス軍将校がリチャード・ベイマー演じるアメリカ軍兵士に語る言葉が確か「死人とけが人と迷子……これが戦争かもしれない」というものだったと思いますが、杉浦さんの傑作『合葬』の主人公たち3人の彰義隊士がその運命をあらわしているようにも思いました。

書誌:
書 名 合葬
著 者 杉浦日向子
出版社 筑摩書房
初 版 1987年12月1日
レビュアー近況:先程買い出しで家電量販店に行ってきましたが、iPhoneの新機発売日の割に、落ち着いた雰囲気でした。野中はApple TVの新機種に惹かれていますが、昨日発表されたFire TV Stickを、それこそAmazonでポチってしまいました。クーポン使用ですが、2000円を切るのは素晴らしいですね。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.09.25
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4151

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