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歴史認識とは以前の政権を引き継いでいるから言う必要がないというものでは決してないものだと思います──服部龍二『外交ドキュメント 歴史認識』

歴史は事実の積み重ねであっても、そこにはどうしても論者によるその事実のとらえ方が入ってしまいます。歴史の見方、歴史観が入ってしまうのを避けることは難しいことだと思います。「筆者が判断を下すというよりも、読者のために材料を整理して提供したい」というモチーフで服部さんはできる限り主観を排し、当事者の聞き書きを含めて「歴史認識」という日中韓での争点の総体に迫っています。教科書、靖国、慰安婦、河野談話、細川演説、村山談話そして次ぎにくるであろう安倍談話までを射程に入れて丁寧に事実を積み重ねていきます。

日中関係が最良だったのは中曽根首相と胡耀邦総書記とが交流していた時期でした。しかしその直後「頂点を極めた日中関係であったが、中曽根は一九八五年八月の靖国神社公式参拝で水を差してしまう」のです。靖国、A級戦犯合祀の問題がクローズアップされたのです。靖国、A級戦犯では東京裁判が当然ですが問題になります。服部さんによればこの裁判は
「東京裁判は「勝者の裁き」とも呼ばれ、「東京裁判史観」という言葉もある。「勝者の裁き」という面は否めないにしても、東京裁判の判決が近代日本史を全否定したわけではない。裁判で基調の一つとなったアメリカの対日観は、善悪の二元論で成り立っていた。穏健派と軍国主義者が対峙した末に、穏健派が軍国主義者に圧倒されたという図式である」
という面を含んでもいました。
また靖国公式参拝に不快感を示した中国では
「胡(耀邦)は、「中国でわれわれは国民党の戦士も含め戦没者の墓に参拝するが、汪精衛の墓に行くことはできない」という声があったといいます。

日本では英霊という言葉が大きくクローズアップされている靖国ですが、素朴な疑問がわき上がってきます。「国のために尊い命を捧げた」といわれますが、これは逆にいえば「戦争を起こした国に命を奪われた」ということです。戦争は政治の延長ですから、失政こそが問題にされなければなりません。失政はなぜ起こったのか、失政の責任者は誰にあるのかが問われるべき問題だったのです。

東京裁判は戦勝国の政治的な判断にあったとはいえ、日本の戦争責任(政治責任)を「善悪の二元論」で答えを出そうとしたのです。もし東京裁判に疑問を呈するならば、東京裁判の判決を受け入れることを前提としたサンフランシスコ講和条約、そのもとで復活をとげた戦後日本とはいかなる価値(責任)に基づいたものであるのかを検証する必要があると思います。

「汪精衛(汪兆銘とも呼ばれます)の墓に行くことはできない」という胡元総書記の言葉に込められているのは、ある種の責任論だと思います。汪精衛は蒋介石と袂を分かち親日政権である南京国民政府の主席についた人です。戦後、漢奸の墓を残すわけにはいかないと墓を暴かれました。
その行為の激しさはともあれ、責任の追求という面もそこには含まれていたのでしょう。では、日本の戦争責任はどのように問われたのでしょうか。A級戦犯がそのまま戦争責任者であるとは断ぜないとしても、それならばあの戦争の政治・戦争責任はどうなっているのでしょうか。問題は解決されないままだったのではないでしょうか。公職追放も東京裁判を否定するのであれば、それはなんの責任論にもなりません。

村山首相時、衆議院本会議で「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」が採択されました。「国会決議は全会一致を慣例とする」ものですが野党の欠席、さらに「安倍晋三、麻生太郎、竹下登、宮澤喜一、武村正義、玄葉光一郎など与党からも欠席者が相次いだ」なかでの採択でした。
そして閣議決定を経て発表されたのが村山談話でした。
「「植民地支配と侵略」に対する「痛切な反省」と「心からのお詫び」が率直に表明されていた」ものです。
この村山談話は行政の(政治的)責任者としての発言です。この責任者の言葉が安倍政権でどのようになっていくのか。それが日中韓だけでなく欧米、ロシアの関心を集めているのはいうまでもありません。以前の政権を引き継いでいるので言う必要がないというものでは決してないものだと思います。

「歴史問題は、「保守」対「反日」という二分法で解されるようである。国を憂い、威信を重んじる「保守」が「反日」を売国と批判し、「反日」は「保守」を右翼、御用学者と指弾する」
「二分法は便利だが、不毛でもある。国を憂えることは、自国の歩みを問い直すことと矛盾するものではない。過去を顧みることは、関係国の一方的な主張に同化することとは異なる。あらゆる国の過去には、よき伝統とともに反省すべきところもある。国の将来を真剣に考えればこそ、過去に学びながら未来を見据えるのは自然なことであろう」
という服部さんの結語は重要なことを指摘していると思います。私たちは、政治家がこれをどのように実現するのかを見続け、また私たち自身がどのようにするべきなのかを考え続ける必要があると思います。

巻末の丁寧な参考資料の紹介、それ自体が力作だと思いますが、日中韓がどのような事実の上に立っているのか考える出発点になるものだと思います。

書誌:
書 名 外交ドキュメント 歴史認識
著 者 服部龍二
出版社 岩波書店
初 版 2015年1月20日
レビュアー近況:安倍晋三首相が「国賓級」で訪米中ですが、仕事場昨晩から付けっ放しのCNNからは、ネパールの地震とボルチモアの暴動(とたまにスポーツニュース)しか、流れてきません。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.04.28
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3452

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