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リスペクト(敬意)、コンパッション(共感)のない議論を横行させてはならないのです──三浦瑠麗『日本に絶望している人のための政治入門』

「個人に着目した投票における最大のポイントは候補者個人への信頼感であり、これを日本の政治風土に忠実に表現すると「ちゃんとしている」ということになるのではないでしょうか」

「日本における、ちゃんとしていることの内実は何かということですが、これは実に曖昧模糊とした概念です。日本の政治風土と社会的な空気の集大成的のようなものです。(略)第一に個人としての信頼感であり、リーダーとしての器であり、有権者との共感ということでしょう」

衆議院選挙の日本人の投票行動(選考基準)について三浦さんが記した一文です。この文はこう続いています。
「大勝した与党がおごらないことも、野党ときちんと対話していくことを訴えることも、ちゃんとしていることの一部です。政治の負の部分であるスキャンダルにおいても、この感覚は息づいています」
私たちの投票行動で曖昧というか、何となく決めている過程を言葉にするとこういうことなのかもしれません。立候補者の人柄とか雰囲気で、ときにはムードで選んでいるように思えます。

三浦さんのこのようなリアルな視線はたとえば「東日本大震災の後、「絆」という言葉」に触れてそれが「非常に強力な規範意識」となり「混乱の最中にもほとんど治安が悪化しない」状況を作ることができました。けれどその一方で「福島以外での再起をめざす人々に冷たくあったりする方向にも作用してしまう」という同調圧力の負の側面もあったという指摘を忘れることはありません。

そして政権のありかたについてこう記しています。
「偉大な政権とは単に一体感を高めた政権でなく、一体感の向こうに側に意識を向けられたかどうかということではないかと思っています。希望 のないところ、光の届かないところに目を向ける、本当の弱者に手を差し伸べることが一番の責務ではないかと思うのです」

この弱者という立脚点にあるのが三浦さんの基本的な「コンパッション」という姿勢です。「ラテン語の「Con=共に、Pati=苦しむ」ということがやっぱり近いのかもしれません」という三浦さんの信念はこの本に一貫しておりさまざまな課題に対して答えを模索、提示しています。
例えば非正規雇用の問題ではグローバリゼーションとの関連を指摘し、資本主義と国民国家の関係を含んで、その相互の関係性の中で考えられるべきであるとし「国民国家における公平の問題ですから、民主主義の意思によって実現できることです。国民の間の不公平は、究極的にはグローバリゼーションのせいにはできません。それは、何より民主主義の怠慢と不作為の結果だからです」
と日本の民主主義が公平さへの配慮を欠いていると指摘しています。

女性問題では「個人主義に基づく戦後フェミニズム」から「共和主義に基づくフェミニズム」への転換を説き
「共和主義者のジェンダー論は、個人主義に基づく、「守られる権利」や「平等な権利獲得」の果実の上に、共同体の宝である子供の福祉を重視する、「みんなでサポート」する政策へ」の転換を提示しています。

この本で述べられた三浦さんの提言には賛否が分かれるところがあると思います。けれど
「政治の本質は闘いであり、友敵概念です。けれど、これだけでは身も蓋もない。だからこそ、民主主義を機能させるための、非民主的な要素が重要になります。それは、行政やマスコミの真のプロフェッショナリズムであり、サイレントマジョリティーを説得するための謙虚さであり、浅薄な一体感信仰の向こう側にある弱き者への優しいまなざしです。議論を成立させるためのお互いへの信頼感であり、リスペクト(敬意)であり、コンパッション(共感)です。(略)最後の最後に平和や人権を守るのは、法律の字句にこめられた「歯止め」などではなく、民主主義の下で生きる我々の市民精神でしかありません。平和や人権をというものが、いかに危うい基盤の上にあるかという自覚こそが民主主義を力強くするのです」

ここに見られるのは新しい中庸精神というものなのかもしれません。それはこのようなところにもあらわれていると思います。
沖縄問題に触れて……
「沖縄の基地の七〇年の歴史は、戦争の負の遺産であり、冷戦の負の遺産という側面があります。しかし、七〇年のうちの二〇年については、日本政府の実行力のなさによってもたらされている悲劇だとすれば、それはだれのせいにもできない我々世代の責任と言わざるをえないでしょう」
という認識を持たねばならないことは間違いないと思います。

ここからなにを組み立てるのか、見過ごしてはならない弱者、それは沖縄県民であることは間違いありません。そして、その立場・心情を抜きにして沖縄問題を語ってはならないと思います。住民の合意を得られない基地移転・建設の強行は、一見、何かの問題の解決のように見えて、実は沖縄問題そのものの先送りになってしまうことなるのではないでしょうか。

書誌:
書 名 日本に絶望している人のための政治入門
著 者 三浦瑠麗
出版社 文藝春秋
初 版 2015年2月20 日
レビュアー近況:新作の公開に向け高まる『スターウォーズ』熱、そのプラモデルに手を出すか出すまいか、校了渦中、箱を前に悩む野中でした(仕事しろ)。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.06.16
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3638

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