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戦争遺跡が教えてくれる近代日本の歩み。それは列強への恐れから始まっていました──飯田則夫 『大日本帝国の戦争遺跡』

戦後70年の今年は戦艦武蔵を始め、当時世界最大といわれた潜水艦伊400型、特攻潜水艇海龍が発見されたというニュースがありました。

これらも一種の戦争遺跡と呼べるものなのかもしれません。
この本は明治維新前後から太平洋戦争期の間に建設され使用されていた戦争遺跡を集めたものです。長年にわたって旧日本軍に関連する史跡を追い続けてきた飯田さんが厳選したものが集められています。

近代国家として出発した日本がなによりも恐れた外国からの侵攻に備えた数多くの砲台。函館山の砲台や今治市小島の砲台などその多くは日露戦争前夜に帝政ロシアの本土侵攻に対するものとして作られました。
武骨さを感じさせるものが多く、それだけ強国ロシアとの国力を挙げての戦争に備えていたことが窺えます。

もっとも太平洋戦争末期に北海道根室市等の沿岸トーチカは「物資の不足から鉄筋を入れられず、コンクリートだけでつくられた」もので、文字通り見せかけだけでその防御力はほとんどなかったのではないでしょうか。「工事初期にはコンクリートがなく、木材」作られてものもありました。疲弊した国力はこういう所にも現れていたのです。このような防御態勢で本土決戦を主張していたとは驚くほかありません。

要塞では佐世保市にもふれ……
「その立地から日清・日露戦争において出動の際に連合艦隊が必ず集結した港であり、朝鮮半島や中国大陸などに進出する根拠地として、補給能力の充実に力を注いだ」要塞として鎮守府が置かれました。後には海軍工廠が作られ、魚雷発射試験場も作られました。太平洋戦争末期には海上特攻兵器震洋の訓練所も作られたそうです。
もちろん海軍工廠と言えば呉市も忘れることはできません。

戦禍の跡も残るものだけが飯田さんの取り上げる戦争遺跡ではありません。瀟洒な洋館も取り上げられています。
弘前市の旧陸軍第八師団の建物群は「明治時代中期から後期に建てられたもので、その背後にミッション系を中心にした「学都」、そして「軍都」としての発展」が見られるものです。
見事な洋館群は金沢や横須賀にもあります。
横須賀は幕末の俊英幕臣だった勘定奉行小栗上野介がフランス人の協力のもとで設計、建設が始められたものです。戊辰戦争をくぐり抜け、江戸幕府から新政府に引き継がれていったものなのです。
明治の代名詞といえば赤レンガの建物もあげられます。その代表例として舞鶴が紹介されています。
これらの洋館には司馬遼太郎さんのいう『坂の上の雲』をめざしていた、苦しいけれどもどこか健やかさを持っていた時代が反映しているようにも思えます。

飯田さんはこう記しています。
「明治維新から終戦までの流れを見ると、日清・日露戦争以降のあるときから自国の力を過大評価して増長するようになり、それが社会全体の雰囲気になって誰も止められないまま事変が拡大し、成り行きで戦争に突入してしまったのではないかと思われる。そして負けても本質的には誰も責任をとっていない。「陸軍の暴走が原因」という単純なものではないはずだ。バブル崩壊の顛末や原発事故の経緯などを見るにつけ、現代日本も本質は当時と同じように思えてしまう」

この「成り行き」の果てが「終戦後も掘り続けた」(!)宇都宮管区地下司令部跡です。なんでも「未完成をアメリカ軍に見られたら日本軍の名折れ」という意地で完成させたといいます……。

要塞や司令部だけでなく鉱山等の産業遺跡も取り上げたこの本は確かに飯田さんが言うように「帝国の時代を遠く離れた現在、主義主張や歴史認識とは関係なく、ただ厳然と事象を示してくれる遺跡の存在意義は、今後ますます大きくなっていく」のかもしれません。

そしてこの本に取り上げられなかった沖縄の地ではそこでの戦禍の大きさを逆に浮き彫りにしているようにも、また、誤解をおそれずにいえば沖縄はまだ戦後をむかえていないのかもしれないとも感じさせました。
さらに大日本帝国の占領地だった南方戦線やミャンマーにも数多くの戦禍の遺跡があるのではないでしょうか。
そこに思いをいたす時に天皇、皇后両陛下がパラオ共和国のペリリュー島を訪問された意味の大きさにあらためて気づかされました。

書誌:
書 名 大日本帝国の戦争遺跡
著 者 飯田則夫
出版社 ベストセラーズ
初 版 2015年6月26日
レビュアー近況:ふくほんはtwitter(@bookcafefukuhon)やfacebook(www.facebook.com/fukuhon)でも更新情報をお伝えしております。昨日、ふくほんfacebookページが600「いいね!」を突破しました。ありがとうございます!

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.08.28
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3973

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