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戦争とむきあいながら、あるいはそれを身近に感じながら生きてきた生の縮図がここには感じられます──ミッキー・カーチス『おれと戦争と音楽と』

ミュージシャンとしてデビューしその後、役者、噺家として活躍しつづけているミッキー・カーチスさんの自伝です。近年でも『日輪の遺産』『ロボジー』『地獄でなぜ悪い』『忘れないと誓ったぼくがいた』と出演映画が相次ぎ、特異な存在感を醸し出しています。ミッキーさんは、カー・レーサーとしても活動し、その多才な経歴、バイタリティーにはには驚かされます。

といってもこの本はミッキーさんの音楽界や芸能界のエピソードを綴ったものだけではありません。噺家としてのミッキーさんの語り口のうまさに魅せられ読み続けること間違いないこの本ですが、巻末の年表にこそこの本の真髄があるよう思います。
この年表は「おれ」「戦争」「音楽」「世の中」と項目立てられています。驚くことは「戦争」の項目にほとんど空白の期間がないことです。戦争とむきあいながら、あるいはそれを身近に感じながら生きてきたミッキーさんの生の縮図がここには感じられます。

この自伝を執筆中にミッキーさんが遭遇したのが東日本大震災でした。その時にも「作業をしているときに、あの三・一一が起こった。余震のたびに鳴った地震注意報や警報、電力不足による計画停電は、戦時中の空襲警報や灯火管制を思い出させた。そして、原発事故に関する政府の発表は、大本営発表を。五月には宮城県の石巻に入り、ギター一本で歌ってきた。被災者には高齢の人が多く、ロカビリーを懐かしんで聴いてくれた。だけどそのときも、支援物資に集まる子どもたちは、終戦後の「ギブ・ミーチョコレート」の子どもたちの姿と重なって見えた」と感じてしまうのはミッキーさんの背後に常に戦争の影があるからだったのでしょう。

たとえば、ミッキーさんが少年時代を過ごした上海。そこにはいつも死が隣り合わせにあったようです。「朝、目を覚まして家の外に出ようとすると、何かにつまずいて前のめりになる。中国人の子どもの遺体があちこちに捨てられている」という日々でした。
もっとも戦時下といっても苦しいだけではありませんでした。防空壕の中で「「暗闇で踊ろう」というジャズの曲をかけて、みなで踊ったりして」いたようなこともあったといいます。このようなことができたのはミッキーさんの母親の独特な感性があったからでしょう。もちろんその感性はミッキーさんにも色濃く受け継がれているようです。

上海からの引き上げ後の苦しい生活の中でミッキーさんはミュージシャンとして活動を始めます。進駐軍のキャンプ巡りから始まり、ロカビリーシンガーとしての大ブレイク。
進駐軍は当然戦争の影響があったと思いますが、ロカビリーもミッキーさんの目には「ロカビリー自体が、大きな戦争を超えたことで生まれた、解放の音楽だったのじゃないだろうか」というように、戦争とは深い関係があるように感じられるものだったのです。

ロカビリーブームが去った後は香港、タイをかわきりに海外での音楽活動へと向かいます。時代はベトナム戦争下、平和に思われたタイでも戦争の影は落ちていきました。「知り合いのフィリピンバンドがたくさんベトナムへ慰問に言ったけれど、砲撃や地雷でやられて帰ってこないことが多かった」といいます。このベトナム戦争はある文化を生み出します。ヒッピー文化です。ミッキーさんもこの文化の影響を受け、新たな音楽活動へと一歩を踏み出したのです。「おれも、「ラブ・アンド・ピース」に洗脳されて、世の中を変えられると思い始めていた」と思いながら……。

そして今ミッキーさんはこう記しています。
「一つひとつの戦争の規模は小さいけれど、第二次世界大戦が終わって、それ以降の内戦で死んだ人の数が、第二次世界大戦の戦死者の数を超えている。戦争というものの実情や、被害、そして恩恵。それを知ることが、自分の「生」や「死」について考えるきっかけになっているかもしれない」
そしてつかんだ「おれ」を「おれ」として生きること、
「世の中にはさまざまな境界がある。国家と国家、戦争と平和、公と私、プロとアマ、音楽のジャンル、仕事のジャンル、仕事と趣味、肉体年齢と精神年齢、合法と違法、虚と実、家族と自由、そして生と死……。その大半は、人間の心の持ちようが決めるものだ。だからこそ、自分の境界を他人やお上に決めてほしくないと思うし、おれ自身は境界を越えてボーダレスで生きてきた。いろんなことを自分で決めること、それが自由だと思う。戦争や大きな災害は、その境界を力ずくで壊してしまう究極の行為だ。とくに戦争は、人間の心が引き起こすものだからとても罪深い。その一方で、音楽にもまた多くの境界を越える底力がある」

読みやすく、けれど地に足がついた生の深さを感じさせる一冊でした。

書誌:
書 名 おれと戦争と音楽と
著 者 ミッキー・カーチス
出版社 亜紀書房
初 版 2012年1月24日
レビュアー近況:仕事場シンク上の蛍光灯が切れ、LEDのものに。これまでグロー管を通じて点灯まで数秒かかっていたものが正に「パッ」と灯くようになりました。遂に仕事場の照明器具はすべてLEDになりましたが、電気代で元を取るには暫く掛かりそうです。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.05.11
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3474

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