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多数決が間違えることを学ぶ国語の授業

 話し合いをさせると正しい意見が消滅する授業の概要を紹介する。

 多数決の弱点を知るための大学入学入試センター試験の問題演習である。大学入学共通テストでも同様の演習が可能だ。

 基本的な手順は以下の通りである。

①本文を省いた選択肢問題と個人解答用のマークシートを配布する。
②設問をざっと読みながら、小説の基本的な設定を説明する。
③本文を朗読する。
④自分の解答をマークさせ、個人解答用のマークシートを回収する。

⑤朗読した小説の本文を配布する。
⑥4~5人のグループに分ける。
⑦グループ解答用のマークシートを配布し、話し合った上で解答させる。

⑧グループ解答用のマークシートを回収する。

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 教材にした問題には、正答率の低い問題がいくつか含まれていることが経験的にわかっている。そのために、上記のような演習をすると興味深い現象が起こる。

 朗読を聞いただけで解答するというのは少し難しそうに思えるが、適切な難易度の問題を用意すると、200人を越える生徒のうち、1割前後の生徒が満点を取る。

 ところが、話し合いをしてグループとしての解答をマークさせると、満点だった生徒の意見が通らずに、ほとんどのグループで満点を取ることができなくなってしまうのだ。

 「三人寄れば文殊の知恵」と言うが、グループで話し合うと、ことわざとは逆に正しい意見が消滅してしまい、間違った解答が選び取られていくのである。

 なぜそういう現象が起こるかということは、グループが話し合いをしている様子を観察しているとすぐにわかる。解答の検討作業が、具体的な問題点の検討にまで及ばずに、空気を読んで多数決で決めるという方向に流されがちなのである。

 話し合いをする前に個人で解答を出しているので、話し合いの最初に生徒がやることは、「何番にした?」と尋ね合って互いの解答を確認することだ。
 5人のグループで、「3番にしたけど...」「うん、3番」「同じだ!」という具合に同じ意見が続くと、自分の解答の如何にかかわらず他の2人も3番という解答に引きずられがちだ。
 2番ではないかと考えている生徒がいたとしても、もう1人が「3番か5番で迷って5番にしちゃった...」などと発言すれば、解答の良し悪しを論理的に検討する前にグループとしての解答を3番にしてしまうという方向に流されてしまう。

 しかし検討している問題が正答率の低い問題であったとすると、じつは3番ではなく2番が正答である可能性が高いということになる。

 正答率の低い難しい問題に対して、多数決のような手続きで単純に解答を決めてしまえば、グループとしては確実に不正解の方向に流されて行くわ
けである。結果的に、個人としては満点を取れている生徒がいたとしても、グループの話し合いを経て解答をまとめると、すべてのグループが満点を取れなくなってしまうというわけだ。

 こうした授業を通して得られる教訓は、きわめて単純明快である。「難しい課題に直面した時に、周囲の空気を読むことばかりを考え、単純な多数決で事を進めると、間違った道に進んでしまうリスクが増える」ということだ。

 これまでの経験則が役に立たないような新しい事態に直面したときには、多くの人が正しい選択をできるという蓋然性が低くなりがちだ。
 だからこそ、少数の意見に耳を傾け、数の論理で圧殺することなく、集団としてのよりよい合意を得るための話し合いが必要なのだ。

【参考資料】2010 年度 神奈川県私立中高協会研究部 国語科専門委員会 第2回研修会要録に掲載した論考の原稿PDF「個を伸ばし、集団を伸ばす国語の授業-聖光学院方式の問題演習-」

  •  選択肢の完成度が高く、正解選択肢の妥当性を明快に説明できるので、大学入試センターが作成した問題は、こうした授業をするための教材として理想的だった。

  •  目の前の生徒に対して、適切な難易度の問題をいかに選ぶかというところが教師としての腕の見せ所である。

  •  男子校に勤めていた私は、大人の女性の内面が描かれている小説を素材とした問題を取り上げることが多かった。


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