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銭形平次と自衛隊―敗戦後カルチャー論
科学特捜隊とウルトラマン
初めて私が大学の教壇に立ったのは、1999年のことだ。
母校の東京学芸大学で「近代文学特殊研究」という講義を担当した。
「特殊研究」なのでCDプレーヤーを持ち込んで金延幸子やフラワー・トラベリン・バンドなどのマニアックな音楽を教室に流し、日本語ロック論争に言及しながら「詩と詞」について気ままに語った。
サブカルチャーについて話をした時は、佐藤健志の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(1992年・文芸春秋)に依拠して、ゴジラ・シリーズや「宇宙戦艦ヤマト」などを取り上げ、敗戦後の日本人の意識とからめて講じた。
たとえば、宇宙人や怪獣を相手にした戦闘ではなんの役にも立たない装備で専守防衛につとめる科学特捜隊と、強力な戦闘能力で外敵を殲滅してくれるウルトラマンという構図は、自衛隊と在日米軍の関係そのものだと佐藤健志は喝破していた。
サブカルチャーの世界に敗戦後の日本人の意識がどのように反映しているのかを、作り手と受け手の双方を視野に入れながら考えると、たしかにさまざまな作品が寓話的に読み解けるということが、20世紀の終わりに大学の文学教師の端くれになった私にとっては面白かった。
名探偵・銭形平次の戦闘能力
大川橋蔵主演の 「銭形平次」は,1966年5月4日から1984年4月4日までフジテレビ系列で毎週放映されていた連続テレビ時代劇である。
ドラマ史上最長の全888回というギネス記録を持つことでも知られていた。
1962年生まれの私にとっては、物心ついた頃には始まっていた人気番組であり、おそらく数百回という単位で視聴している。
原作の「銭形平次捕物控」は、野村胡堂が「岡本綺堂の半七捕物帳のようなものを」と依頼されたものだという。
そして「半七捕物帳」は、シャーロック・ホームズシリーズなどをお手本に書かれた日本探偵小説草創期の名作である。つまり、「銭形平次」は、探偵小説の系譜に連なる作品であることになる。
そしてこの探偵という存在も、まさに武力や装備という点では科学特捜隊のように貧弱であり、犯人を逮捕して拘禁するという暴力行使を警察権力に委任せざるを得ないというところに特徴があるのだ。
もちろん銭形平次は、投げ銭に使う寛永通宝と十手という武力を備えていて、テレビの中では超人的な戦闘能力を発揮する。
しかし、日本刀や銃などによって構成される武力と比べれば、やはりそれはきわめて脆弱なものと言わざるを得ない。
そのために、私のおぼろげな記憶によれば、投げ銭と十手で応戦しきれないような戦闘能力の高い強力な犯罪者や大勢の悪党を前にした時には、お奉行様を頂点として与力や同心やその他大勢の捕方によって構成される国家権力に助力を求め、その強力な暴力を背景に犯人を制圧し、逮捕拘禁していた。
それはまるで、専守防衛につとめて時間を稼ぎ,最終的にはアメリカに守ってもらうことよって平和を達成しようとする日米安保体制の写し絵のようだ。
そんな風に考えると、日本の防衛力を象徴する銭形平次の得意技が「投げ銭」であることも象徴的である。
経済力を背景に国際貢献する日本は、まさにお金を投げて時間を稼ぐという点で銭形平次みたいものだからだ。
ところが今や、頼みの経済力がジリ貧状態に入りかねない状況にある。
投げ銭を使えない銭形平次が身を護る方法は、奈辺にあるのだろうか。
未
2015-02-11 銭形平次と自衛隊―敗戦後カルチャー論(3)による
※画像はCanva のText to Image を利用して作成しました。
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