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人生旅録 18歳の戯言

 大学入学して4ヶ月ぐらい、躁鬱病の診断をされる2週間前に書いたエッセイを見つけた。「私が歩みを止めたとき」っていうお題をどこかで見て、書きたくなって、書いてみたやつだったと思う。いつにも増して自己満文章だけど、私の大事な記録だから、残しておこうと思って。

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何者にもなれないと諦める自分は見たくなかった。何者かになりたくて、走り続けていた。気づいたら、止まり方すらわからなくなった。

大学に入学して4ヶ月。一人暮らしにも、新しいアルバイトにも、サークルにも慣れた。
海外ドラマ鑑賞、英語本の多読、毎日の料理、スペイン語の勉強、近場のカフェ開拓、毎朝の散歩、ボランティア活動、恋愛、ダイエット、アクセサリー作り、ベランダのプランターにはトマトとレタス。
受験生の一年を取り戻すかのように増えていく趣味と、大学の課題レポートで埋め尽くされた私の生活は、誰が見ても充実している大学生のそれだった。

4ヶ月間で大学から学んだことといえば、オンライン授業のバレないサボり方ぐらいだが、課題の多さに誰もそんなこと気にしていない。だらだらと続くサークルのミーティングを面倒くさいと思う気持ちには蓋をして、薄っぺらく褒められる自分の経歴は隠すようになった。
フィードバックすらこない課題レポートも、夜中まで帰れないアルバイトも、猫をかぶったまま作った友達関係も、淡々と続ければいつか何かになると思っていた。始めた趣味の一つぐらいは、どこかで役に立つと思っていた。

「きっとまだ始まったばかりだから」
そう思い続けていつのまにか大学の8分の1を終えていることに気づいて焦った。

夏休みは、就職で有利になるようにインターンシップに行き、バイトを増やしてお金をためて、興味が湧いたプログラミングの勉強も始めよう。
いつかきっと役に立つはず。

夏が明けたら勉強しながらお金を貯めて、冬休みには免許を取ろう。
いつかきっと役に立つはず。

授業がつまらないと大学に文句を言うのはやめて、1人で好きな勉強をしよう。周りが私を見てくれていないと不満に思うのはやめて、良い子で居続ける努力をしよう。
自分が変わっていけば、いつかきっと何かになれるはず。

「いつかきっと」を目指して、背伸びをして選んだぶかぶかの靴で走り続けた。いつしか、「変わり続けなきゃ。新しいことをしなきゃ。このままじゃ何者にもなれない」に追いかけられるようになった。

足はもう靴擦れでいっぱいだった。それでもここで止まったら、すべて失うと思った。止まれない、止まり方がわからない。号泣しながら電話をかけた。
「全部放り出していいから、一度うちに帰っておいで」
両親の言葉が温かくて、さらに涙が溢れた。頑張ると決めてきたこの場所から逃げるのは、悔しくてしょうがなかった。

でも、逃げ帰ってよかった。ご飯がおいしかった。親友は温かかった。海から潮の匂いがした。鳥が鳴いていた。風が生ぬるかった。たくさん歩くと疲れたし、食べないとお腹がすいた。
無理矢理自分を止めて、逃げ帰って見た世界は、色で溢れていた。
何者にもならなくていい。まだなれなくていい。何者でもなくても、生きてるからそれでいい。自分のままでいい。
止まってみてわかった。私は私のままで、ここにちゃんと存在していると。
変わっていく環境と生活の中で、何かになろうともがいていた。何かになることに必死で、いつのまにか自分自身を見失っていたみたいだ。
きっと止まらなければ気づかなかった。止まることで見えた景色は美しかった。
一度止まった先では、どんな世界が見えるのだろうか。わくわくしてきたから、もう大丈夫。そう思えるところがいかにも自分らしい。

誰もいない家に帰る支度をして、空港に向かう。
背伸びはしなくていい。裸足のままでいい。また走り疲れたら止まればいい。方向転換したっていい。止まれなければ、罠を仕掛けて転べばいい。転び方は無様でいい。一度座り込んでもいい。
だって今、立ち上がってまた歩き始めた私は、きっと誰よりもかっこいい。
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 今思い返したらここでまた歩き始めちゃったのが痛恨のミス。ぼろぼろなのに立て直せたと思っちゃったところが完全アウト。自信満々で誰もいない家に帰った私は、そのまま泣き崩れて何もできなかった。いやあいけると思ったんだよなあ。なんか元気になったしもう1人に戻っても大丈夫、夏休みまであと1ヶ月だし余裕!と本当に思った。靴擦れだらけの足で、裸足のまま歩いたら、そりゃ血まみれになるよって。
 すでに走り疲れているのに、前に進み続けるのが正義だと信じていた18歳。その場にうずくまって一旦寝る事も、道を逸れてお花見休憩する事も、誰かに車で迎えにきてもらう事も全く思いつけなかったあの時に比べたら、私は生きるのが多少は上手になったと思うんだけど、一人暮らしには間違いなく向いてないと知ったからもう2度としないんだ。どうしようもないときに私に必要なのは、誰かとのハグと誰かと食べるご飯で、お家に人がいないとどっちもできなくて八方塞がりになっちゃうから、1人で住むのはもうこりごり。でも向いてないことを学べたからいい経験。
 あとはシェアハウスに出会えてよかった。

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