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透明蝉の鳴くコロニー《解決編》

透明蝉の鳴くコロニー《解決編》
トウメイゼミノナクコロニー《ホグレギメヘン》
              非おむろ

はっ!

オイラは目覚めた。
「露天風呂で寝てしまっては危険ですよ、黄山民門(きやま たみかど)さん。」
上体を起こすと、警察がオイラを見ていた。

夜。ランタンの明かりが、橙色に世界を照らす。ここは露天風呂のほとり。山の奥だけあって、闇の質量が重い。木々が無気味に、∞に佇んでいる──客観的に∞ではなくとも、主観的に∞に他ならないのだ。

少し風がある。湯煙がもうもうと、周囲をぼやけさせる。

「オイラは、オイラは一体……?」
「あなたは今朝から酒を飲んで暴れていたんですよ。ここ、温泉旅館〝寅婆湯(とらばーゆ)〟は屋根の無い温泉旅館として全国的に有名ですが、その女将・趙俟代(ちょう まてよ)さんは強盗を繰り返す人物ですので、警察が常に地中からマークしているんです。技術漏洩になるので、手段は言えませんが。兎に角、」
「ちょっと待って下さいよ!」

目の前に一人だけいる、警察官をじっと見た。
オイラは、2021年12月23日からの、記憶の限りの出来事を話した。
6時間かけて、みっちり、話した。
6時間もかかったのは、オイラには物事を要約する能力が著しく欠如しているからである。

「そんなことがあって、……そ、そうです、鳥阿ゑZU(とりあ えず)さんの件は!? 結局誰が鳥阿ゑZU(とりあ えず)さんを殺したんです!?」
「強いて言えば、貴方です。」
「え?」
「いいですか、鳥阿ゑZU(とりあ えず)さんはICチップとMicroSDさえ無事なら別にどうということは無いのです。貴方、〝露天風呂にて宇宙服を着ながら頭蓋骨を破壊されて発見された〟という旨を長々と説明していらっしゃいましたが、そもそも鳥阿ゑZU(とりあ えず)さんに頭部なんて元からありませんよ。あれでも一応、那比(なび)市が誇る最先端技術の結晶なんですからね。まさか人造人間だと知らなかったわけではないですよね?」
「……あ、ああ、知っていましたよ。」

オイラは、警察が得意げに話すのが悔しくて、嘘を吐いた。

「そんで、鳥阿ゑZU(とりあ えず)さんは全裸で歩いていた貴方に欲情して、ヒューズが飛んだんですよ。」
「え? オイラがいつ、全裸でいたというのです? 全裸なのは田中太郎(でんちゅう ふとお)では?」
「もう、面倒なのでまとめて説明しますが、貴方はちょっと頭が……その……アレな方で、あ、いや、その、思い込みの強い方で、まあ、療養の一環でこの温泉旅館〝寅婆湯(とらばーゆ)〟に来たと。それで、私の隠し子である金搬質(きむ ぱんち)さん、」
「貴方の!?」
「話を続けますよ、金搬質(きむ ぱんち)さんと出会ったわけです、貴方は。金搬質(きむ ぱんち)さんは万引きの常習犯ですが私の子なのでセーフです。んであと、言語を喋る熊である田中太郎(でんちゅう ふとお)──まあ、本名は涊丒仆𡈽靉(でんちゅう ふとお)と書きますが《警察官、指で土に「涊丒」、改行して「仆𡈽靉」と記す》──兎に角、薄毛の喋る熊なわけで、全裸でもセーフです。熊ですから。本人は熊の生まれ変わりとか言っていますが、渠(かれ)は熊です。」
「はあ。」
「力〆厶(りきじめ ござい)は、私です。」

警察官は一秒だけ警帽を取り、丸坊主をオイラに見せた。

「私は密猟が趣味ですが、警察なのでスルーです。警部補ですよこれでも。潜入捜査兼密猟、って感じですな。ボウガン撃つの、好きなんです。あ、そうそう、パルマコン人権さんですが、彼女は幽霊です。よく出るんですよ、この那比(なび)市〆丫(ぺけあ)区では。んで、貴方。貴方は毛深いだけで人間ですよね? んで、逮捕です。」
「ですから、いつ全裸に、」
「初めからです。貴方は、毛深い。そして、滅茶苦茶に長く伸ばしておられる。生えている毛を編んで衣服と装っていたのでしょうが、アウトです。陰部が、隠れておりませんので……。」

警察官──力〆警部補は、何人(なんぴと)も反駁し得ぬ真実を語り抜き、オイラに手錠をかけた。

「じゃ、続きは署で。」
「ふざけるな!!!!!」

オイラはテレポートして力〆の後頭部を、足の指でデコピンした。デコではないが。

「あイテ!」
「オイラは、確かに黄罠欄(こう わならん)という筆名で、戸籍を黄山民門(きやま たみかど)で登録しているけど、そもそも所謂、宇宙人だぞ! おんどれら人類が環境破壊をするから、透明蝉がオイラに要請をしてきたんだ! 人類を滅亡させるように!」

オイラはテレポートを繰り返して、力〆警部補を混乱させた。

「「「「「「「「「「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

オイラは今、初めて気がついたが、木陰から多くの警官と全関係者がこちらを見ていたのだ。全関係者とは無論、パルマコン人権(パルマコ ンじんけん)、趙俟代(ちょう まてよ)、金搬質(きむ ぱんち)、田中太郎(でんちゅう ふとお)、鳥阿ゑZU(とりあ えず)のことである。

そして眼前には、力〆厶(りきじめ ござい)。力〆警部補は錯乱し、露天風呂へと落ちた。そして、叫んだ。
「うわああっ、本当にテレポートだ、テレポーテーションだ、瞬間移動だ、うわああああああ、うわああああああ、宇宙人は実在したんだ!!!!!!!」
周囲のギャラリーも、同様に混乱している。

オイラは、極めて短距離のテレポートが出来る体質(アレルギーのようなものである)なだけで、ただの全裸の人間なのに。


オイラはテレポートを繰り返して、温泉旅館〝寅婆湯(とらばーゆ)〟を去った。
下山を開始した時の、その朝日の、まぶしいこと、まぶしいこと。
雨も風もなかなかに出ているが、狐の嫁入り、朝日はクッキリと美しく眼前の山々を橙に染めた。

「ああ、これからは、穏やかに、好きに生きよう。仕事も、辞めよう。宝くじを買おう──いや、無駄だから、それよりも、一万円札をコンビニエンスストアで両面コピーしよう。その方がいい。うん、決めた。」

オイラは極めて短距離のテレポートが出来るが、だからといってこの体質が人生で〝まっとうに〟役立つことは無いのだ。それどころか、負の要素が強過ぎる。

「三億円……いや、せめて一億円落ちてないかなあ。一億円が欲しいなあ。一生、節約生活でもいいから、ゆっくりまったり過ごしてえよなあ。」

倹約と吝嗇は水仙と葱、という諺がある。けんやくとりんしょくはすいせんとねぎ。節約上手なこととドケチな守銭奴であることとは、全く別のこと、という意味である。

尤も、オイラは、葱の方が好きだが。美味しいし。


《バーバー! バーバー!》

雪が降る前に、立ち去ろう。
オイラは朝日と雨粒と寒風と蝉噪と浴びながら、岐阜県をあとにした。

瞬間移動が出来ても、人生は成功しないのだ。




生きるわ!

でも!

気が、狂うわ!




                    〈了〉


非おむろ「透明蝉の鳴くコロニー《解決編》」(小説)
2021/12/11(土)13:24~14:21

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