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【短編】『燃えないワカサギ釣り』

 お店を訪ねると、座ったまま眠りこける兄ちゃんがいた。

 自分は綺麗な寝顔の前で一つ咳払いをした。

 彼はお尻から目覚めたような開眼から、焦点の合わない黒目を自分に向けた。

 「捨てたいゴミはなんですか?」と彼は言った。

 自分は、「一枚の紙」を彼の前に置いた。

 「これは、燃えないゴミです。」

 「本当ですか。」

 「ええ」と彼は、ポケットからライターを取り出した。

 銀色のライターはいかにも特注品。

 自分のわかる片側の面に「万物ゴミ分別株式会社 デスポ・グリーン」と金文字で彫られていた。
 
 兄ちゃんが火をつけたが、それは蝋燭にともる炎のような暖かさや微弱ながらの力強さは感じられなかった。

 ただ、そこには引き裂かれそうな青と緑があった。

 「ほいよ」と彼は、自分が差し出した紙を一端から燃やした。

 パッと黄色に光ったかと思うと、まるでかじられるかのように、紙はなくなっていった。

 「燃えるじゃないですか」。

 彼は無言だった。

 座り直して瞼をくっつけることに意識を注ごうとする彼の姿に、怒りではなく呆れをもよおした。

 自分の瞼も重くなる。

 ふと、真っ暗な瞼の裏からいつの間にか自分は、川のそばでワカサギ釣りをしていた。涙が止まらなかった。何に泣いているかわからなかった。

 「じじ」

 自分の口から発した言葉と思えぬほどの幼い声が漏れた。

 隣の苔まみれの大岩のうえに、祖父があぐらをかき、自分と同じ角度で竿を持つその懐かしい横顔。

 「大丈夫さ」

 「諦めるな」

 「いい子だ」

 真っ直ぐ据える視線の先に、ウキが水面で踊っていた。ぴくりと動いた。

 「いまだ」

 「そうら」

 「よう頑張った」

 自分の両頬がギュッと固くなり、細い目が笑う。笑って視界が狭くなる。

「はい、燃えないゴミはこちらでは受け取れません、お持ち帰りくだだい」。

 兄ちゃんはあくびで語尾を曖昧にした。

 いつの間にか自分は、店の前に立っていた。ライターを握っていた手を僕にひらいていた。

 それは、亡き祖父の錆びたワカサギ釣り専用の釣り針だった。

「ありがとうございました。」自分は眠れる店の兄ちゃんに礼を言った。



 空がいつもより好いて映った。


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