「カエシテ」 第41話
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「参りましたね。いきなり中止なんて」
昼休みに入ったところで平子は残念そうな表情を見せた。この日は、加瀨と共に会社のそばに新しく出来たハンバーガー専門店に来ていた。高さが最大で二十五センチを超えるものがあることで、話題を集めている店だ。店は、カウンター席とテーブル席に別れていて、二人はテーブル席に着いていた。客層は、圧倒的に若者が多い。近隣の会社員や学生が席を埋めている。そのせいもあり、注文したメニューが運ばれてくる度にテーブルで驚きの声が上がり、携帯での撮影会が始まっている。記念だからと、平子も同じ行動を取っていた。加瀨は、その様子を笑って見つめていた。
二人の注文したハンバーガーは、高さ十五センチほど。バンズの間には、レタスやトマトやハンバーグに加え、ナポリタンやフライドポテトまで入っている。セットメニューをバンズに挟んだような印象だ。ただし、食べてみると抜群に美味しかった。店が賑わうことも納得だ。
「そうなのか。お前はあの話にビビっていたから、それは意外だな。てっきり中止になって安堵していると思っていたよ」
バンズの中身を別皿に移しながら加瀨は笑っている。
「いやっ、それもあるんですけどね。実は、俺もそろそろ独り立ちしたいなと思っていましてね。あの話を最後に、ここを辞めようと考えていたんですよ」
「本当なのか。それは」
全く知らなかったため、加瀨は食事の手を止めた。部下の顔をマジマジと見たが、どうやら本気らしい。届いたハンバーガーには手を付けることなく、加瀨のことを見ている。
「えぇ、本気です」
真っ直ぐ加瀨を見たまま平子は語り出した。
「俺は元々、都市伝説に関してはネットでしか収集する方法を知らなかったんです。他にどんな方法があるのか知るために、ここに入ったんです。働いて一年ほどですけど、そのやり方があらかたわかりましたからね。最近は帰宅すると動画サイトの準備を進めているんですよ。結構、順調に進んでいることもあって、こっちの方に集中したいと思いましてね。とは言え、あの画像の件は気になっていたので、どういう決着が付くのか見届けてからにしようと思っていたんですよ。だから、こんな形の幕切れになって残念なんです」
「そうなのか。それは残念だな」
加瀨は心から思った。平子のお陰でこれまで何度助けてもらったかわからない。面倒な調べ物やパソコン上でのトラブルは全て、彼が処理してくれた。言わば、縁の下の力持ちといった存在だったのだ。それほど信頼していた人間が退社するとなれば、大きな痛手だった。
「本当にそう思っていますか」
だが、平子は冗談と捉えたらしい。いたずらっ子のような笑みを見せた。
「本当だよ」
加瀨は拗ねたようにコーラを口に流し込んだ。
「そうですか。なら、まぁ、そう受け取っておきますよ」
平子は苦笑いしながらハンバーガーを食べ始めた。店を訪れる人は賑やかに会話を楽しみながら食事をしているが、二人は対照的だった。神妙な空気となっている。
「ただ、問題はこの後なんですよね」
しばらくは無言で食事をしていたが、コーラを口に運んだ後で平子が不安そうな顔をした。
「この後、会社に戻ったら陣内さんに伝えるつもりですけど、怒らないですかね。あの人。今は人員が少ないのはわかっているだろとか言って」
不安の種は陣内のようだ。毎日のように怒られていたため、最後まで不安のようだ。
「平気だろ。さすがに驚くだろうけどな。怒ることはないよ」
加瀨は笑みを見せた。いくら社長であっても、従業員の退社を止めることは出来ない。大きな戦力ダウンは避けられないものの、陣内のことだ。丁度人員募集を掛けるところだったからなどと強がるのだろう。加瀨はそう読んでいた。
「それならいいですけど、そこだけが不安ですよ。有休を消化したいと言うことも言わなきゃいけないですし」
不安そうな顔で平子はハンバーガーを食べていく。
「大丈夫だよ。あの人は決して話がわからない人じゃないから」
加瀨は苦笑いした。職場では怖い陣内だが、情に熱い一面もある。退職した人には、心ばかりの贈答品をあげていることを加瀨は知っていた。きっと平子にもあげるはずだ。
「その言葉を信じます」
そこを知らないため、平子は未だに不安そうな顔をしている。
「まぁ、お前にはプログラムスキルがあるわけだからな。プログラムスキルは今、もっとも必要とされているから、もし何かあったとしても食いつないでいけるはずだよ」
「ちょっと、何ですか。その言い方は。それじゃあ、まるで俺が失敗するみたいじゃないですか」
ハンバーガーを手に平子は口を尖らせた。
「そうは言っていないけどな。とりあえず頑張れよ」
加瀨は激励の意味を込め、この食事代は払って上げた。
そしてオフィスに戻ると、平子は陣内の元へ行き退社の意志を告げた。
「そうか。まぁ、もうすぐ人員を募集するところだったからな。今言ってくれたのであれば助かるよ」
陣内の口からは、予想通りの言葉が出て来た。加瀨と平子が笑みを交わしたのは言うまでもない。
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