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「悲哀の月」 第8話

 一月も中旬に入ると、日本で初めてのコロナウィルスの感染者が報告された。それでも平和ぼけした日本は他人事だったが、ついに大きな関心を集めることとなる。
 クルーズ船だ。
 アジア各国を回る船旅の中で感染者が出たのだ。その人物は香港で下船したものの、船内には緊張が走った。船は予定通り横浜に停泊したが、乗客の下船は認められず、検査を受けることとなった。
 その結果、多くの乗客から陽性反応が出た。
 それらの人たちはすぐに隔離の措置が取られたが、問題は陰性の人たちだ。ウィルスが潜伏する船内にいるにも拘わらず、結果が陰性だったことで今まで通り、自由に部屋を行き来し人とも接していたのだ。未知のウィルス相手にあまりにも無防備な行動と言えよう。
 案の定、その後、乗客の感染者数は増えていった。
 ニュースではクルーズ船の動向を逐一報じていたため、国民の不安は急激に増した。何とか、ウィルスを船内で食い止めてほしいと祈る気持ちで一杯だった。
 だが、そのなか国は驚く手に打って出た。
 当初は専門家を船内に送り込み調査していたが、二週間もすると乗客の下船を認めたのだ。陽性者に対しては病院へ搬送したが、陰性者は最寄りの駅まで送り、その後は公共機関を使って帰宅の途についた。
 結果的に、この選択が地獄へ繋がる扉を開くこととなった。
 一応、乗船者に関しては保健所によって日々の行動の報告を義務付けていたものの、数日もすると感染者が確認された。これを皮切りに、感染者は各地で出るようになり、ついに死者が出てしまった。
 こうなるともう、ウィルスの勢いは止まらない。
 感染者数はたちまち百人を超えた。
 他国に続き、日本でもついにコロナウィルスが猛威を振るい始めたのだ。


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