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「悲哀の月」 第35話

 その夜。
 仕事を終えた雨宮はすぐに携帯をチェックした。
 すると、里奈からLINEが届いていた。
 早速チェックしてみると、コロナ病棟は無事に辞めることが出来たという。ただし、その後はやはり仕事はなかったという。話していた通り、コロナ病棟以外、人員は求めていないようだ。コロナの感染者を受け入れている病院は他の患者から敬遠され危機的状況らしい。
(とりあえずは良かったな。コロナ病棟は辞められたわけだから。それだけでも俺は安心だよ)
 本文を読むと雨宮の不安の種は消えた。LINEによると、無職となってしまうことを申し訳ないと打ち込まれていたが、その分、二人でいられる時間が増えるのだ。彼としては嬉しかった。確かに収入は減ることになるが、それよりも大事なものはいくらだってある。そんなことを考えていると、幸せの波が押し寄せてきた。
 雨宮はその波に飲まれ電話を掛けてみることにした。
 すると、里奈はすぐに電話に出た。もしかしたら待っていたのかもしれない。
「良かったね。無事に辞めることが出来て。俺もホッとしたよ」
 電話が繋がると雨宮は正直な気持ちを伝えた。
「うん、まだ病棟では頑張っている看護師は何人もいて、その人達には本当に申し訳なく思うけどね。でも、みんな労ってくれてさ。本当にいい人ばかりだったわ。あそこのスタッフは」
 里奈の声には涙が混じっている。誰もがきっと辞めたい気持ちを抱えているはずなのに、先に辞める人を笑顔で送り出してくれたのだ。嫌味を言う人は一人もいなかった。同じ戦場で戦ってきた仲間として称えてくれた。里奈からすれば、感謝の気持ちしかなかった。
「そうか。いい仲間だったんだね」
 彼女の気持ちを雨宮は理解した。
「でもさ。別れがあるから人は強くなれるんだよ。きっと今の里奈は昨日の里奈よりも一回り強くなっているはずだからさ。この別れをきっかけにまた、何か違った自分になれるんじゃないかな。それに、今後は一緒にいられるわけだし。俺は絶対に幸せにするからな。もう二度と、煙草を吸うような日々を送らせないよ」
「健介」
 煙草に関して知られているとは思っていなかったため、里奈は驚いた。
「ごめんな。前に部屋に行った時に見ちゃったんだ。最初はショックだったけどさ。同時に、里奈はこんな辛い日々を送っているんだって思ったら切なくなっちゃってね」
「そうなんだ」
 里奈は改めて彼の優しさを知った。雨宮が煙草を嫌いなことは知っている。だからこそ、彼の前で煙草を吸う姿は一度も見せなかった。だが、喫煙を知っても同情してくれたのだ。
「なら、私は煙草も止めるわ。もうストレスのない毎日になるんだからね。手を出さないようにする。体にだって悪いものね」
 そう思い約束した。
「あぁ、そうしてくれるのであれば俺も嬉しいな」
 雨宮は本音を漏らした。
「うん、そうする。それと、私はすることがなくなったわけだからさ。新居を探すわね」
 そこで里奈は話題を変えた。
「あぁ、そうだね。なら、候補を見つけておいてよ。そこで、もし見つかったら今度の休みに見に行こうか。俺も早く同居したいから」
「わかったわ。なら、そうしよう」
 答えた里奈の声は自然と弾んでしまう。
 彼は、その言葉を聞き電話を切った。
(本当に辞められたんだ。それなら、新婚生活を楽しめるようにしたいな。そのためにまずは新居だな。早く決めないと。その後には、まだいつになるかわからないけど披露宴もあるし。しばらくは忙しくなりそうだ)
 その後は、幸せを噛みしめながら自分の住む部屋へと帰っていった。


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