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「カエシテ」 第6話

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 定食屋からオフィスへ戻った加瀨と福沢はすぐに、ニュースの件を伝えた。
「おい、本当かよ。その話は」
 その話に誰もが驚きを見せたが、もっとも大きい反応を示した人物は陣内だった。それまでは難しい顔でモニタを眺めていたが、話を聞くと近寄ってきた。日頃は従業員同士の会話に加わることはないため、異例と言えよう。
「はい、おそらく本物だと思います。ニュースでもやっていましたから。偶然とは考えられません」
 加瀨は強調した。
「そうか。なら、原稿の方も書き直さないといけないな。この話題も付け加えた方がいいだろ。今のままじゃ中途半端になってしまうからな。次号からはとりあえず外そう。その間に何とかして、画像を手に入れたいものだな」
 話を聞くと、陣内は構想を練っていく。ニヤリと笑みを浮かべ、まるでこの状況を楽しんでいるかのようだ。
「お願いがあるんですけど、この話を取り上げるのは止めませんか。次号なんて言わずに」
 そんな上司に対し福沢が大きな体を小さく丸めて提案した。
「何を言っているんだよ。今更そんなこと出来るわけないだろ。こんな垂涎のネタを手にしたというのに」
 陣内は軽蔑の目を向ける。
「それはそうですけど、危険すぎませんか。本当に情報を発した人間が死んでしまったわけですから」
 明日は我が身になりかねないため、福沢は必死に訴えていく。
「何だよ。お前、まさかビビっているのか」
 縮み上がっている部下の様子を見て陣内は口元を歪めた。周囲の人間からすれば、ビビって当然だと感じたが、彼は違うようだ。
「それは、ビビりますよ。当たり前じゃないですか。自分も彼女と同じ目に遭うかもしれないんですから」
 福沢は口を尖らせた。大きな体をしているが、仕草は子供だ。
 だが、それも無理はない。オフ会の際、さつきは目を輝かせてこの話を披露していた。反応が良かったことで嬉しそうな顔をしていたほどだ。話し終わった後も、他の参加者の話を興味深そうな顔で聞いていた。見ていた限り、会を心から楽しみ、自殺を考えているようには見えなかった。その人間が突然死んだとなれば、あの話が関係しているとしか思えなかった。
「バカだな。お前は。これは偶然だよ。あの話は無関係だよ」
 何の根拠を持っての発言なのかは不明だが、陣内は鼻で笑った。
「大体、お前はそんな立派な体をしているだろ。トラックにぶつかったって死なないよ。お前はそれほど丈夫な体をしているんだぞ。霊だって、その体を見ればあきらめるよ」
 そして、福沢の胸を指で小突いた。
「は、はい」
 霊だからこそ可能なのではと言い返したかったが、福沢はグッと堪えた。外からは、彼の不安を表現するかのように、宅配業者が台車を押していく音が聞こえている。
「だから大丈夫だよ。お前はいらぬ心配をしているだけだから。一週間後には、笑い話になっているよ。今現在、画像だって持っているわけじゃないんだから」
 そこで話は終わりだとばかりに陣内は自分のデスクに戻っていく。
「それじゃあ、とりあえずS社を調べてみますか」
 その背中に加瀨が声を掛けた。被害者のさつきは、S社で勤務していたことが報じられている。
「そうだな」
 自分のデスクに付いたところで陣内は頷く。
「わかりました」
 その指示を受け、加瀨と純が自分のデスクに付いた。共に、S社に関して情報を集めていく。
「友人関係に関してはどうしますか」
 二人を横目に平子が聞く。丁度電話が鳴ったことで由里は対応に当たった。
「友人は今のところいい。今はとりあえず、S社一本に絞り込もう。新聞社なら何が出て来てもおかしくないからな」
 キーボードを叩きながらも陣内は的確な指示を出していく。
「わかりました」
 その指示を受け、平子もS社を検索するチームに加わる。
 彼は友人関係を調べたかったようだが、それは遠回りでしかない。被害者のさつきが学生であれば優先して調べるところだが、社会人となると話は変わってくる。社会に出れば、学生時代の友人とは疎遠になるものだ。仕事を覚えることに必死になるため、昔のように頻繁に会ったり連絡を取る時間はなくなる。新聞社で働いている人間であればなおさらだろう。自分の時間などないに等しいはずだ。
 加えて、最近は一般人がカメラの前で街頭インタビューを受ける機会が増えている。最初は緊張するものの、取材スタッフがもてはやし煽てることで気を良くし、ご意見番気取りになる人間も少なくない。そう言った人間は、話を作り上げ平気で嘘をつく。雑誌とは言え、話を聞きたいと頼み込めば、こういう人間に当たることも考えられる。もしそういう人間に当たれば時間の無駄でしかない。少数気鋭で動いているため、時間を無駄にするわけにはいかないのだ。以上の理由から、陣内は友人への取材を外したわけである。
 そうして、各自がS社について調べ始めて五分もした頃だった。
「ちょっと、陣内さん。大変です。これを見て下さい」
 慌てて声を上げる人物がいた。純だ。
「どうした。何があったんだ」
 ただ事ではない様子のため、陣内は彼女のデスクに駆け寄った。他のスタッフも近寄っていく。
「S社について調べていたら、こんなページが見つかったんです。とりあえず読んでみて下さい」
 従業員が集まったところで、純はモニタを見せた。
 皆の目は、モニタへ向く。
 そこには、ブログが表示されていた。

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