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「カエシテ」 第11話

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「この記事を書いた方に会うことは出来ますか」
 記事を一読すると、タブレットを返しながら加瀨は聞いた。
「それがですね。戸倉はこの記事を書いた後、亡くなっているんですよ」
「やはり、そうですか」
 タブレットをしまいながら答えた山根の話に対して、加瀨は意味ありげに頷いた。
「はい、ある日、叫びながら自宅の窓から飛び降りたそうです。自宅は三階建てで、飛び降りた窓は七メートルほどの高さだったんですけどね。打ち所が悪かったようで、即死だったそうです」
「自殺なんですか」
 加瀨は聞く。同時に純が見つけたブログを思い出した。確か、最初の犠牲者は自宅から飛び降り自殺したとあった。この犠牲者はどうやら、戸倉のことのようだ。加瀨はポケットから手帳とペンを取り出すとメモを取り始めた。
「えぇ、そう思われています。自殺の数日前からうなされるようになって、会社でも様子がおかしかったので。ノイローゼになったんじゃないかって噂になっていたんです」
「ということは、戸倉さんは繊細だったんですか」
「いえっ、真逆ですよ」
 山根は苦笑いした。
「人の気持ちは一切考えない暴君でしたから。社外でも社内でもトラブルばかり起こしていましたよ」
 話の方向性が読めないため、加瀨は話を聞くことに徹した。
「無謀な取材をすることは日常茶飯事でしたし、でたらめな記事を書いて訴えられたことだって何度もあるんですよ。地方にも何度も飛ばされていましたし。社内では威張り散らして何でも自分の思い通りにならないと、物を投げたり、怒鳴り散らすんです。何人の人が退社していったかわかりませんよ。今ならパワハラになりますけど、当時はそんな言葉はなかったですからね。あの人が編集部にいる時は、オフィスの空気は最悪でしたよ」
「戸倉さんに家族はいたんですか」
 メモを取りながら加瀨は聞く。白紙だった手帳はすっかり文字で埋まっている。
「妻がいるんですけどね。様子がおかしいことに気付いて、病院に行くことを進めていたらしいんですよ。でも、とにかく人の言うことを聞かない人でしたからね。自分の体は自分が一番よくわかっているなんてへりくつをこねて、意地でも行かなかったそうです。妻が言うには、病気と診断されることが怖かったんでしょうって呆れていましたけどね。威張り散らしている人間なんてそんなもんですよね。自分に死が迫ると震え上がるものですよ」
 実際、取材に行くとこういう老害は多いものだが、戸倉もこの手の人間だったようだ。
「戸倉さんは記者一筋だったんですか」
 そう思いながら、加瀨は質問を続けていく。
「えぇ、そうです。まぁ、記者一筋と言えば聞こえはいいですけどね。内情は違うんですよ」
 山根は薄ら笑いを浮かべた。
「あの人の同期や後から入社した人は、継続年数が増えるに従って次々と局長や部長といった役職に就いていたんですけどね。戸倉の場合は、問題が多くて会社としても役職を与えるわけにはいかなかったんです。もし重要ポストに就けたら大変なことになりますから。本人は、デスクワークなんて眠たくてやっていられるかなんて強がっていましたけどね。内心は気にしていたんじゃないですかね。何でなれないのかって。会社にとっては、行き場のないお荷物だったわけです」
 どうやら余程嫌悪感を持っていたらしく、山根の口からは戸倉批判が止まらない。
「まぁ、うちのような会社だからこそ、記者として生きられたような人でしたよ。他の社じゃ絶対に、通用しなかったでしょうから。大きな声じゃ言えませんけど、うちはねつ造や脚色は当たり前なので」
 山根は声を潜めて笑い声を上げた。
「そうだ。この事件にはまだ続きがあったんですよ」
 が、その笑い声をすぐに消すと大きな声を上げた。
「あんな人のことはどうでもいいんですよ。もっと重大なことがありますから。この北見さんを殺害した犯人ですがね。金田でしたっけ。この男は逮捕されて無期懲役になったんですけどね。その後、刑務所内で亡くなっているんですよ。三十近い男が心臓発作で」
「本当ですか」
 加瀨は目を見開いた。
「えぇ、本当です。この通り」
 山根は再びタブレットを見せた。
 加瀨が覗き込むと、そこには確かに金田被告が刑務所内で心臓発作により急死したと記事が書かれていた。

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