小田急線小説 持永の恋6

「はい、持永です」
ひろみさんに「持永さん?」と聞かれて
持永は思いっきり動揺してしまった。
それまではできるだけ日常の延長と思おうと
平静を装っていたのだけれど。
平日の夕方に仕事関係でも家族関係でもない
女の人と待ち合わせをする機会なんて
どれくらいぶりか。

「リアルじゃ初めましてですけど、
そんな感じしませんね」と
持永はひろみさんに言う。
にこやかに感じよく言ったつもりだけれど、
本当ににこやかだろうか。
49歳持永。緊張する機会はめっきり減った。
いつからかどんな場面でも
緊張することは減り、おそらくよどみなく
話せていた。まさかこんなに緊張するなんて。
こんなに心が揺れるのは何年ぶりだろう。

「まず店内に入りましょうか?」
「そうですね、空いてるといいけど」
「奥の席が空いてるといいですよね」
「ですね、両隣が近すぎるのもちょっとね」
「そうそうそれ気になりますね」
「あ、席を取っておいてもらってもいいですか?
飲み物買ってきますから。何がいいですか?」
「すみません、ありがとうございます。
じゃ頼んじゃっていいですか?
アイスカフェオレ的なのを」
「砂糖いりますか?」
「えーと、いりません、そのままで!」
と普通にやりとりしていたら、かなり落ち着いた。
ごく自然に会話ができそうと思い、
持永はレジ横でコーヒーとアイスカフェオレを
待ちつつ、ワクワクした気持ちになってきた。

ひと通りひろみさんと話をして、
文章はおどろくほどその人を表すものだなと
持永は思った。数週間のラインのやり取りで
イメージしていたひろみさんを
まさに具現化したような女の人、ひろみさんが
今、自分の目の前にいて、写真なんか見せて
もらわずとも言葉と本人は乖離しないのだった。

とはいえ、見た目はちょっと違った。
持永の描いていたひろみさん像は
かわいい感じ。体型は痩せ型というよりは
ふっくらしている。「水色のワンピースを着ていく」
というので、少女趣味の人なのか?それは
ちょっとどうだろうと思ったが、
実際に会ったひろみさんはまったく
少女趣味ではなかった。
どちらかといえば痩せ型で、声は低めで
大人っぽくて、水色のワンピースというのは
サラサラしたシックなワンピースだった。
背が高く、持永とあまり身長が
変わらないのではないかと思った。

ラインでのやりとりをなぞるように、
ひとしきり子ども時代のことや
仕事のこと、今の住まいについて
お互いに話したあと、持永はひろみさんに
思い切って聞いてみた。
なぜ、あなたのようなごく普通の、感じのよい
女の人が、しかも既婚者であるあなたが
ココロミルのようなサイトに登録しているのか?と。まわりに聞かれないように、声のトーンを
落として。

実際にはもう少しオブラートに
包んで聞いた気がするが、質問すると
ひろみさんはおかしそうに笑って
「持永さんだって普通の、好感度が高い人に
見えますけど、登録したんですよね?」と言った。
(続く!)


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