勝負で負けるのは簡単だ。

続けてスポーツの話。
アメリカン・モータースポーツの頂点であり世界3大レースの一つ、インディ500。
2017年に佐藤琢磨がアジア人として初めて優勝したレースである。

アメリカインディアナポリス州にあるインディアナポリス・モーター・スピードウェイ。
1909年に開設された世界で最も古いサーキットの一つだ。

通称【The Brickyard】、かつてはレンガ舗装のサーキットだったが今はフィニッシュラインに名残がある。

今日の朝、元F1チャンピオンが予選落ちをした。

フェルナンド・アロンソ。
去年までマクラーレンに所属し、F1を引退したドライバーだ。
2005年に当時史上最年少でF1ドライバーズチャンピオンに輝き、2006年も連覇をした輝かしい成績を残している。

世界3大レースとはF1モナコグランプリ、ル・マン24時間レース、そしてインディ500。
2006年にモナコGPを、昨年2018年にル・マン24時間を制し、トリプルクラウン、残るはインディ500。

トリプルクラウンを達成したのは1960年代に活躍し、長男に1996年F1ドライバーズチャンピオンであるデーモン・ヒルを持つグラハム・ヒルだけである。
グラハム・ヒルは後年、飛行機墜落事故によりこの世を去っている。

このインディ500は他のレースと比べ、独自の面が多い。
5月初旬から1ヶ月間弱行われるのである。
ルーキー・オリエンテーション・プログラム、練習走行を経て、予選は5月第3週の土曜日日曜日に行われる。
現在の予選暫定トップは一周2.5マイル(約4km)を平均速度229.992MPH(時速370.1362km)で駆け抜けたサイモン・パジェノである。

数字を見てわかる通り、非常に速い。
F1の史上最速の瞬間最高速度378km/h(2016年ヨーロッパGPにてバルテリ・ボッタスが記録)である。
この速度はあくまでも「瞬間的」な最高速度であり、鈴鹿サーキットで行われる日本GPは平均して230km/hを少し越える程度である。

またF1と異なり、数多くの部分でワンメイク化(共通化)されており、車体はイタリアのダラーラ製、タイヤはファイアストン(ブリジストンの子会社)、エンジンはホンダとシボレー(実質的な開発はイルモア)と「比較的チーム間の技術差」が少ない。

また通常の所謂サーキットとは異なり、楕円形のオーバルコースでレースを数多く行っている。
インディ500も勿論、オーバルコースだ。

そのためスポッターと呼ばれるドライバーのアドバイザーが存在し、コースを見渡せる高い位置からドライバーに後方の状況やライバル車の状況、走行ラインを伝える。
それらを含め、各チームの差はウイングやサスペンションのセッティングなどから生じる。

つまり、経験がものを言うモータースポーツだ。

インディ500はインディカー・シリーズの中の1戦である。
ちなみにNTTが今シーズンからシリーズのタイトルスポンサーとなっている。

このインディ500だけ参戦するチームやドライバーも多い。
それらのスポット参戦の多くのチーム・ドライバーは1年を費やし、この1ヶ月間に全てを注ぎ込む。

さて、フェルナンド・アロンソ。
去年まで所属していたマクラーレンと、去年からインディカー・シリーズに参戦しているイギリスのカーリンというチームのジョイントチームで参戦している。
言うなれば、経験が浅いチームである。

またアロンソ自身もF1は引退したが先日まで行われていたWEC、世界耐久レース選手権にトヨタから参戦しチャンピオンに輝いている。

腕は確かなドライバーだ。

しかし、予選落ちを喫した。
上位33位までが決勝を走る。
アロンソは34位に留まった。

ただし、これで決勝に出られるわけでじゃない。
なんとインディ500では「予選落ちしても予選通過したチームから決勝出走権を買い取る」ことができるのである。
勿論、観客からは容赦ないブーイングを浴びることになるが。
またマクラーレン=カーリンは出走権を買い取らない意向を示している。

去年は名門であるアンドレッティ・オートスポーツでエントリーし、予選通過を果たしている。

腕のあるドライバーが何故、予選落ちを喫したのか。

簡単である。
経験を全く活かせなかったからだ。
チームの経験不足、ドライバーの経験不足、これらを甘く見積もったからだ。

去年は名門チームとジョイントすることで予選を通過できた。
今年のマクラーレン=カーリンでは全くの経験不足だ。
現にカーリンからエントリーした4台の内3台が予選落ちした。

また、WECに参戦したこともあり、ドライバーもインディ500に専念できる状態では決して無かった。

2017年の優勝者、佐藤琢磨も元F1ドライバーだ。
F1の実績を見れば、アロンソより遥かに劣っている。
だが、2010年からインディカー・シリーズ参戦し続け経験は豊富である。
2012年インディ500では最終ラップまで優勝争いを演じるもリタイア。
2013年にシリーズ初優勝をし、2017年のインディ500がシリーズ2勝目だ。
着実に経験を重ね、2018年で3勝目。アスリートとしては高齢の42歳の今年、2019年第3戦では4勝目を自身初となるポール・トゥ・ウィンを成し遂げている。

チームも老舗のレイホール、佐藤琢磨も経験豊富。
それでもなお、予選14番手がほぼ確定している。

勝負に勝つのは難しい。
チーム・ドライバー・コンディション・レース展開などありとあらゆる状況を有利にし、それでもなお、勝つのはたった一人のドライバーだ。

マクラーレン=カーリン、そしてアロンソはそれらを怠った。
やれること全てに手を打ち、時速370kmの世界で必死に戦わねばならない。
優勝を目指さないチームやドライバーなど存在しない。
携わる全ての人間が必死なのである。

準備を怠れば、勝負で負けるのは簡単なのだ。

インディ500の優勝者はシャンパンを飲まない。
ミルクを飲むのである。
たった一人の勝者は甘いミルクを飲み干すのだ。

勝負事で負けるのは日常茶飯事だ。
必死の過程で負けることはザラだ。
マクラーレン=カーリンとアロンソは、自らの怠惰で練乳に塗れた。
彼らは為すべきことを為さなかった。

スポーツマンとして、スポーツチームとして嘆かわしい予選落ちなのだ。