見出し画像

エキチカのパチンコ屋さん、横にて。

ごめんなさい、そのお祖父さんは亡くなられたんですか?」
「いいえ、怪我ですけど。」
「はぁ…で、えっと、じゃあお兄さんの、祖父の方が…よくわからないですけど、イヤホンをつけながら自転車を運転している人とぶつかって、お怪我をされた、ということですね。」
「はい。」

僕はママチャリ、彼は後ろにベビーシートを乗せたママチャリ。二つのママチャリを乗りこなす騎士2人。三鷹エキチカ、パチンコ屋横のちょっと大きめの広場、僕らは急遽対峙することになる。

状況を説明する。私はイヤホンをつけながら自転車を漕いでいた。それは別に特段悪いことをしているという感覚のない行動としてであった。したことはないが万引きをするとか、盗撮をするとかといった、明らかなタブーに手をかけているという感覚はなく、イヤホンを耳にかけていた。スッ。と、黒のベビーシートをのせた別のママチャリが駆けて、僕の前にキュッとブレーキを踏んで、止まり一言。

「危ないだろ!」と、叫んだ。そこから僕らは、会話した。

「えーっと、それで、たまたま別の日、別の地域で、お兄さんが自転車を漕いでいたら、目の前にイヤホンをつけて自転車を漕いでいる見知らぬ人がいたから、感情が止められなくなって、僕の前で止まって、注意喚起した。ということですよね、今。」
「いや、交通ルール違反なんですよ。」
「交通ルール違反を取り締まられる方なんですか?」
「違いますよ?でも、いやだからこれで、祖父が怪我してるんですよ。」

歴史は、こぞって英雄の物語しか語らない。映えないから。一部の地方地域が廃れていくのと、きっと同じ。映えないから。両者ともに、名誉も権限も武器もない丸腰一般市民が、何も得ることのない、だけど何かを失わないように繰り広げられる、こういう闘いは語られることなく、消える。無かったことになるというよりも、そもそもあったことにならない。これもそう。誰も記憶しないし、伝承しない。しかし、私たちの日々というのは、きっと。あった事にならない事の屍の積層でしかない。

「いや、これではないじゃん。僕ではないじゃん。そのお祖父さんを轢いた人。なんか、交通ルールを守ってない人を注意してるって言えば聞こえいいけど、至極お兄さんの自分勝手に感じた怒りを、ただぶつけられてる気がするんですけど、なんですか、これ。あとイヤホン、かけてるだけで何も聞いてないんですけどね。」
「いや、耳を塞ぐのがダメなんですよ!」
「それは交通ルールとしてってこと?」

というと、間髪を入れずにその男は、
「ちがうよ!お前の根本的な生き方としての話してんだろうがよぉ!」
と叫んだ。

今思い出しながら、この戦記を残す。
その人の。
ベビーシートが空だった。
そういえば。
彼の。
エキチカのパチンコ屋さん。
横にて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?