アトツギとMBA

少し前に「MBAに興味がある」という後継者仲間の方の呟きがTwitterであり、それに対して「今同じように検討している」というコメントを見た。

かれこれ10年も前で賞味期限のとっくに切れた話なのだけど、僕は前職のPR会社を退職後にシンガポール大学(National University of Singapore:以下NUS)でMBAコースに通っていた。参考になるかもしれないので思ったことを書いてみたいと思う。
MBAが必要かどうかの一般論は色々なところで語られているので、ここではどうせならアトツギさんがMBAを選ぶ意味というのも一緒に考えたい。

MBAの費用対効果は?

MBAを目指すにあたってまず自問自答するのがここ。卒業までに相当な費用とエネルギーを費やすのだから費用対効果は誰しもが気にするだろう。MBAぶって結論から言うと

海外MBAの場合)掛けた費用と労力をその後の収入増でペイするのは困難

というのが私見だ。海外MBAは費用がとにかく高い。特にこの円安下では米国2年コースの学費と生活費は2000万円でも到底足りず3000万円くらいするのではないだろうか。こんな金額になってしまうと例えば外資系投資銀行勤務で既に年収2000万くらい稼いでいる、奨学金をもらう、費用は会社負担という条件でない限り支払えるイメージが(僕には)湧かない。卒業後の転職で昇給したとしてもその幅はいきなり倍とかいうものではないだろうし、掛かったコストをすべてペイするのは何年掛かるかわからない。その間のサンクコスト(働いていたら稼げるはずだった給与その他の収入)まで考えたらまず無理だろう。
ただ国内MBAの場合はどうか。試しにグロービスを調べたらフルタイムで卒業までの学費が約300万円と海外に比べてかなりリーズナブルだ。これなら転職市場での価値向上で数年かければペイできるかもしれない。卒業後の条件向上具合についても同校のサイトに詳しい情報が出ている。海外vs国内という観点において、少なくとも費用対効果の面は国内MBAが圧倒的に優位だ。
(ちなみにシンガポールのMBAは欧米に比べてそもそもの学費設定も生活費も安く、かつ僕が行っていた2012年当時はアベノミクス直前の超円高時代だったので、修了までの1年半の学費は当時の日本円換算で350万円くらいに収まった。今思えば本当にラッキー。)

アトツギにとってはどう?

そもそも多くの中小企業では人的リソースは限られており、その中でアトツギは何らかの主要ポジションに就いていることが多いはずで、仕事しながらのパートタイムMBAも相当しんどい。ましてや仕事を抜けてフルタイムで海外に行くのは簡単ではないだろう。
ではそれでもMBAだ!となったアトツギに金銭面でのリターンはあるのだろうか?まず無理だろう。MBAホルダーになって戻ってきたからといって後継者の給与を上げるという会社は中小でありそうにない。
そもそも個人の収入増のためにMBAを選ぶアトツギは稀有だろうし、多くの場合は会社の将来にとって価値があるかどうかが判断基準になると思うのだけど、この面ではどうかというと。

それは未来の自分にしかわからない

身も蓋もないのだけどそうとしか言えない。家業をどれだけ伸ばせるかは後継者の経営手腕次第、かつ結果が判明するのは卒業後それこそ10年以上先のことになるだろうから。優秀な経営者が全員MBAホルダーなわけではないし、学部卒でも高卒でも中卒でも素晴らしい経営者は沢山いる。MBAは必要条件ではない。

じゃあMBAは意味ないの?

多くの人がMBAを目指すにあたってなんだかんだインセンティブになるのがキャリアアップや収入増であるのに対し、アトツギはこれを享受できない。将来の会社経営に対して役に立つかも未知数。だったら意味ないじゃんとなりそうだが、決してそんなことは無いと思う。少なくとも僕はMBAを選んだことをこれっぽっちも後悔していない。得られたものは主に以下だ。

  1. 語学力

  2. 幅広い視点から物事を考える力

  3. プレゼンスキル

  4. アジアを中心とした世界各地の同級生との繋がり

  5. 学歴

ひとつずつ見ていこう。

1. 語学力

これは海外MBAもしくは国内英語MBAに限定される話だけど、入学のためには英語力を測るTOEFLもしくはIELTSのスコア、更に基礎学力や論理的思考能力を測るGMATのスコアが必要とされるスクールが一般的で、とにかく帰国子女でない日本人にはどちらもハードルが高い。僕はTOEFL足切り100点を超える103点を取るために14回受検した。もう一生受けたくない。
GMATも英語での試験なので英語力が必須。中3~高1くらいのレベルの数学項目もあって、国立大卒や私大理系卒には余裕でも純度100%文系の僕にはしんどかった。
あとはエッセイ書いたり推薦状貰ったりと入学までのハードルが高いのが海外MBAの特徴だ。けれどもそのプロセスがなければ確かに授業には付いていけなかったはずなので、足切りはうまく機能している気がする。入学式からインド英語やシングリッシュの応酬に参ったけど、卒業までの英語環境で相当鍛えられたのは間違いない。タイに来てから使う機会が減って特にスピーキングは衰えたとはいえ、完全に忘れたわけではなく英語での読み書きは今も得意だと思っている。

2. 幅広い視点から物事を考える力

MBAも普通の学部生と同じように必修科目と選択科目を履修する。これが結構よくできていて、会計やゲーム理論、金融、マーケティングやフレームワークなど一通りの経営必須科目は履修した。もちろん10年経ってから習ったそのものの内容を思い出して経営判断に生かすなんてことは全然ない。それでも「あ、これは統計の手法が使えるな」とか「この状況ならとりあえず3Cのフレームワークで整理するか」みたいなことは今でもあり、MBAで視点が広がらなければ考えられなかったと思う。
ただこの点については年月が経って忘れてしまったことが大きく、家業に入って本当の経営の悩みが出てきた今こそもう一度勉強したいと感じる。なのでリーズナブルかつフレキシブルに授業が選べる国内MBAの学び放題コースなどは純粋に勉強をするという意味ではとても有用だろう。

3. プレゼンスキル

ひたすらプレゼンするのがMBAというイメージはその通りだった。ミクロ経済でプレゼン、経営戦略でプレゼン、マーケティングでプレゼンプレゼンプレゼン。。とにかく数をこなしていくうちに資料の作り方やスピーチ手法は磨かれていったと思うし、今では割と得意だと言える。入札や講演が多い職業の人は別にして、ここまでプレゼンしまくる機会はなかなか得られないだろう。
ただプレゼンというのは得手不得手が出やすい。自分は元々好きだったからレベルアップできたけど、卒業間近になったからといって皆プレゼン上手になっていたわけではなかった。

4. アジアを中心とした世界各地の同級生との繋がり

「人脈」と言うのがピッタリかもしれないが、この言い方は自分を良く見せる匂いがするので好きではないし、その言葉から想像できるような「世界のどこにでも一緒にビジネスできる奴知ってるぜ」みたいな話ではない。インドに進出しようとしていた時(最後は頓挫。また別の機会に書きたい)にはインド人の友達に直接的な助けをもらったことはあったけど、そういうのは稀な話だ。
今となっては顔見ても名前が思い出せない同級生も沢山いるし、小中高大とそうだったように学年全員と仲良くなるなんてあり得ない。それでもフルタイムの学生生活は本当に日本の大学時代みたいなものだし、多くの同級生は志が高く優秀で、良質な刺激をこれでもかというくらい与えてくれる。彼らと一緒に苦労して課題に取り組んだりお互いの部屋で飲みに行ったりするうちに一生縁が続くだろうなと思える友達と出会えたし、学校があったシンガポールやインド、韓国や今いるタイで飲みに行く友達もいる。要するに「友達増えて嬉しいよ!」ということだ。

5. 学歴

僕は成蹊大学という東京・吉祥寺にある大学の法学部を卒業した。学歴コンプレックスというほど偏差値が低いわけではないけど、学校名を知らない人も結構いる。なのでNUS MBAで箔が付いたのは間違いない。
けれども高い学歴や有名企業での職歴は「過去の自分の努力やポテンシャルを証明してくれるもの」であって、卒業したてや転職したてなら良くても次のステージに進んで時間が経ってからそれをアピールし続けるのは格好悪い。今でもTwitterのプロフや略歴には含めるけど、本当に見せるべきは「今何をやっているか」なわけで、たまにMBAの学歴を褒められることがあると「今はまだそこ以下なんだな」と考えてしまい正直悔しい。

まとめ

以上5点を挙げてみたがどうだろうか。上記にはMBAが無くても別の方法で得られるものはある。プレゼンも英語もやろうと思えば自分でスキルアップできるし単純に経営学の知識の習得なら本を読めば十分だ。そもそも全部がアトツギに必要なものかどうかと言えば全然そんなことはない。

ただそれでも自分はMBAという道を選んで本当に良かったと思っている。

MBAに限らず、社会人になってから予備校や習い事ではなくフルタイムもしくはパートタイムで学校に行くには相当な苦労が伴う。この苦労をグループワークやクラス外での交流を通じて分かち合い乗り越える視座の高い仲間との出会いがある。その結果として経験値が上がり人生が豊かになる。必ずしも目に見えるリターンがなくてもそれでいいのではないだろうか。よく言われるが、MBAは学位であって資格ではないのだから。
例えば「大卒だけど大学なんて行かなければ良かった」と言っている人にはあまり出会わない。学生生活の思い出は悪いものではないことが多いのだ。
なのでアトツギもそうでない人も、強い気持ちとそれを選べる環境があるならやってみることを心からオススメする。若ければ若いほどいい。

最後に今回のエントリーを書くにあたり準備開始から卒業まで書いていたブログを掘り返してみた。もう時代遅れかもしれないが受験プロセスの苦労話も盛り沢山なので興味のある方は覗いてみて欲しい。

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