パラレルワールド 47
2019年10月 東京 西荻窪
僕は週末の賑わいを見せるライブハウスの椅子に腰かけて、ステージの上のハードロック・バンドを見つめていた。
東京に滞在したこの1ヶ月の疲労感はかなりのものだったが、それよりもずっとずっと心地よい感覚がこの身体を包んでいた。
コンテストを勝ち抜くことは出来なかった。
初戦敗退。ただそれだけだ。
それでも、飛び出してきてよかった。
本当だったらこんな旅は僕の人生の中には存在しなかったろう。
言葉にするならば、いつの間にか決められていた「あらかじめ決められた未来」みたいなものを蹴り飛ばして切り開いたのだ。
少々強引だったかもしれないけれど。
それが嬉しくてたまらなかった。
僕はとても不完全な存在だった。
でも、「不完全=悪」ではない。
僕はずっとずっとそう信じてきた。
他に選択肢なんてなかった。
そう信じて生きる以外に、救いなんてなかった。
降り注ぐ「正論」とやらはまるで紫色をした雨のようだった。
ここからまた歩いていけるだろうか。
いや、切り拓いていこう。
絶対に諦めちゃダメだ。
☆
見上げるステージではツェッペリンのロックンロールが爆音で鳴り響いていた。
曲の始まりを告げるドラム・フレーズ。
バス・ドラムがライブハウスの床を揺らした。
半世紀近い時をくぐり抜けてきたあのギター・リフは、小さな子供が地球儀をいたずらにクルクルと回すような遠心力を伴って聴くものを巻き込んでいく。
ボーカリストのハイトーンが空間を切り裂いていく。
それは未来へのファンファーレのように、輝きと誇りに満ち溢れていた。
そうだ。
あの常識とやらは、一体誰が決めたのだろう?
そんな「常識」に順応できないことは、「悪」なのだろうか?
僕は誰かに命じられたその「役」を演じることは出来なかったし、これからも出来そうにはなかった。
だから僕はやって来たのだ、この「パラレルワールド」へ。
もうあちらの世界へ戻ることはないのかもしれない。
どちらかしか選べないことは最初から知っていた。
☆
ステージの上の彼らは美しく、僕を惹きつけてやまなかった。
「命」の煌めきが、可視化されて輝きを放っているようにも見えた。
「巷じゃあ、オヤジバンド?とか流行ってるらしいじゃん。
上等だよ。こっちはクソジジイになるまでやってやるよ。」
ボーカリストはそう吐き捨てて、胸いっぱいの愛を歌う。
こんなふうに未来が輝きに満ちているとしたら、今を生きるということはきっと素晴らしいことだろう。
この傍らにある闇を、拭い去る日は来ないだろう。
残念ながら。
それでも、それでも全ては自分次第で、変えられるのだ。
過去も、そして未来さえも。
変えるのだ、自分の手で。
未来を切り開くのだ。
ここから先は
「記録の存在しない街、トーキョー」に送り込まれた一人の男。仕事のなかった彼は、この街で「記録」をつけはじめる。そして彼によって記された「記…
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?